2015年8月31日月曜日

[ゆ]  『雪は汚れていた』の精読~シムノンに学ぶロマン~

                                                (未推敲)

緒言 表題中に「雪」を入れこむのはいかにも季節外れの間が抜けた仕業ながら、これもかく五十音を採る本稿の巡り合わせである。

はじめに

個人的体験 ジョルジュ・シムノンを読むとは小説を書くことであった。それがシムノン体験だった。と言っても個人的なことである。とりわけ創作に関することだった。もし、創作上の履歴として大きな影響を受けた作家を上げるとすれば、一人はシムノンだった。それ以上だったはずである。質はともかく創作を続けてこられたのも、シムノンの存在を抜きにしては考えづらい。シムノンを体験するとはまさしく創作を体験することだった。1970年代のことである。

 
シムノンと日本 そのシムノンとはいかなる作家かと言えば、当時(1970年代)でもまずメグレ警視物の作家として人口に膾炙していた。しかし、メグレ物をかりにエンターテイメント(娯楽小説)とすれば、その一方では、現代フランス文学界における本格文学(純粋小説)の第一人者として知られていた。とくにアンドレ・ジットは「現代フランスでもっとも偉大な、心に小説家らしい小説家」(安東次男訳『片道切符』「解説」、1977)と最大級の賛辞を寄せている。1969年に集英社から刊行された〈シムノン選集〉(全11巻)は、そうした「ロマン・ロラン」(シムノンによる自作品の呼称の仕方)たるシムノンを本格的に我が国に紹介した最初の体系本であった。

 それ以前における日本におけるシムノン――最初は表記からシメノンと呼ばれていた――の紹介状況は、戦前の1930年代の後半にまとまって行なわれている。1936年の『或る男の首』(東西書房)『黄色い犬』(白黒書房)『山岐の夜』(春秋社)にはじまって、翌1937年には春秋社から10冊がまとまって刊行されている。敗戦を迎え戦後になると1950年代を通じてメグレ物・本格ロマン取り交ぜて出版が続けられていく。大きな役割を果たしたのは早川書房である。1960年代では東京創元社が〈シムノン選集〉以前としてまとまった形で発刊している。以上は『作家の秘密 14人の作家とのインタビュー』(宮本陽吉・辻邦生・高松雄一訳、新潮社、1964年)の巻末に載せられた「本を読む人のために」を参照したものである。

速筆・多作で知られているシムノンの絶筆宣言(1972年)の直前に書かれた、最後のロマン『妻は二度死ぬ』(原題Les innocents1971年)の「訳者あとがき」(中井多津夫、1985年)によれば、作品数は、メグレ警視シリーズが102冊、〈ロマン・ロラン〉が116冊である。匿名やペンネームで書かれたものをすべて入れると全体では400冊以上であるという。また修行時代に書いたコントの数は1000篇にも上る。

集英社版〈シムノン選集〉が、1934年(昭和9)から1969年(昭和44)までの代表作と挙げたものは41作ある(三輪秀彦・安引宏作成)。以下の数字はあまり意味のないものかもしれないが、作品数の推移を代表作として辿ると、第二次世界大戦(193945)以前が5年間で7冊、同大戦中が7年間で5冊、戦後が24年間で29冊となる。したがって代表作を体系的に受容し純粋小説の作家像を確立したのは、一部の受容層の評価(たとえば江戸川乱歩)を除けば、長いキャリヤに終止符を打った1972年の絶筆宣言直前となる。しかし、さらに一般化していくのは〈選集〉からの文庫化が少しずつ開始しはじめてからである。年代としては1977年が最初の文庫化である。メグレ物も70年代後半からはさらに本格化していく。河出書房新社の〈メグレ警視シリーズ〉50巻の刊行(1976~80年)である。


 作家の紹介 簡単な作家紹介を行っておく。参照するのは、引用・参考文献に挙げた内の三輪・安引1970(「ジョルジュ・シムノンについて」)、長島2003(「ジョルジュ・シムノンの略年表」)の文献である。

ジョルジュ・シムノンは、1903年、ベルギーのリエージュに生まれる。父はブルターニュからベルギーに移住した家系の子孫。保険会社の会計係。母はベルギー人。経済的に豊かとはいえない小市民の家庭で住宅は下宿屋(外国人留学生用)を兼ねていた。15歳で高等中学校を中退(父親の健康上から)。パン屋の見習い、本屋の店員などを経験して、16歳で地元紙(リエージュ新聞)の記者となる。文筆キャリヤの開始である。

記者や編集者の傍らコントも作成する。17歳(1921年)で処女作(『めがね橋』(『アルシュ橋』))を発表。パリに移住(1922年)後、多作な文筆稼業(娯楽読物)に突入していく。多作振りのほどは、「ほぼ10年間で16のペンネームを使い分けて発表したコントは千編を越え、通俗小説は180冊」にも上る数だった。またその書きっぷりは、「カフェのテラスで朝から書きはじめ、降る前にはすでに完成」という神業の使い手であった。コントのことではない。

メグレ警視は1930年(27歳)に誕生する(『怪盗レトン』)。誕生の経緯は、出版社の要請によるもの。特定の人物をつくって継続的に作品化して欲しいという依頼であった。誕生したのは、事件だけで終わらない新しい探偵小説であった。人間を語るサスペンス推理小説の誕生であった。ほどなくしてメグレ物の先に純粋小説が生み出される。権威あるガストン・ガリマール社との契約(1933年)が大きな要因をなす。1934年、『ロンドンから来た男』の成立となる。以後のメグレ物と純粋小説との二本立てとなる。

第二次大戦を切り抜けたシムノンは、1945年に北米に移住して各地を転々とする。1955年ヨーロッパに帰還し、最初パリ、ムジャン、カンヌと移り住み、後(1957年以降)にスイスのローザンヌ近郊(エシャルダンの城館)に定住。1972年断筆宣言。1978年最愛の娘マリー・ジョーの自殺に激しい衝撃を受け『私的な回想』を出版(1981年)。1898年ローザンヌにて死去(86歳)。



Ⅰ シムノン体験の経緯

1 体験前夜
 
現代フランス文学への関心 このように受容状況(出版状況)を記すのは、自分との関わり方を思い起こすためである。本格的に読み始めたのは、1970年後半からの文庫化の開始からであったはずである。ではなぜ1969年の〈選集〉ではなかったのか、それは時代が新左翼文化の只中だったからだである。したがって、その時代、同じフランス文学でも多くの若者を惹き付けいたのは、アンガージュマンの作家(哲学者)サルトルや別居婚のパートナー、ボーヴォワール、彼らとソルヴォンヌの同期で後にフランス共産党員の作家としても勇名を馳せたポール・ニザンなどであった。

それに自身の創作歴から言えば、創作以前ないしは準備段階であった。哲学的ないし思想的な文章を起こすことに日々囚われていたからである(ある個人との人間関係による急き立ても加わっていた)。真剣さは本物だったが――誰でもそうだった――、たいしたものが書けていたわけではない。また書けるわけもない。

 そして時代は70年代を迎えた。新しい10年の始まりは、新左翼文化の変質として開始していく。フランス文学で行けば、サルトルよりもヌーヴォロマンにシンパシーを感じ、個人主義の延長に幻想的文学(ジュリアン・グラック)や1968年に全集4巻が刊行され若者の関心に上ったジャン・ジュネなどに惑溺していくことになる。


三島文学への傾倒 日本に目を向ければ、幻想性への親和感は、1970年(昭和451125日、壮絶な死を遂げた三島由紀夫の〈美〉に魅了されていくことになる。それも自決の翌年刊行された『三島由紀夫短編全集1 花ざかりの森』(講談社、1971年)である。三島が15歳から21歳までの間に為した絢爛たる〈美〉の世界である。この作品だけ遺して死んでいけたらどんなに良かったかとは、第二次世界大戦を回想した上での自己解説であった。銀箔を模した短編全集の角背の厚紙の表紙の輝きには、三島の思いを再現した編集者たちの思いが籠められていた。

 すべてを疑う、それが新左翼文化だった。それが疑う主体を遅れ馳せながら疑い出す。かつてその主体は自己批判や総括を繰返し口にしていた。疑いは自己嫌悪と化していく。もう自己批判も総括もあったものではなかった。自分に発する自分に対する嫌気だけが真実味を帯びていた。文学の原点であり拠り所であった。

 見返すこともない当時の原稿が段ボール箱に卒業写真のように詰め込まれている。多くは400字詰め原稿用紙に書きかけの創作の類である。あるいは大学ノートに書きつけられた創作ノートである。自己嫌悪から解かれる機会を探った青い習作の山である。10代後半の虚無感から変質した焦燥感がなせる業でもあった。駆り立てる(煽り立てる)のは、三島文学の〈美文〉である。

まろうどはふとふりむいて、風にゆれさわぐか樫の高みが、さあっと退いてゆく際に、眩くのぞまれるまっ白な空をながめた、なぜともしれぬいらだたしい不安に胸がせまって。「死」にとなりあわせのようにまろうどは感じたかもしれない、生がきわまって独楽の澄むような静謐、いわば死に似た静謐ととなりあわせに。……(三島由紀夫「花ざかりの森」1941年(『三島由紀夫短編全集1』新潮社、1971年))

 短編全集1の発行日は「昭和46120日」である。前年の1125日に自決した三島由紀夫の納骨の日(昭和46114日)の1週間後の発行であったが、同短編全集1に三島は「あとがき」を添えている。一二を引く。まずは「これだけ残して」とした戦争回想部分(上記)である。

本当に私は、これだけの作品を残して戦死していれば、どんなに楽だったかしれない。運命はそういう風に私を導かなかったが、もしそのとき死んでいれば、多くの読者は得られなくても、二十歳で死んだ小浪漫派の夢のような作品集として、人々に愛されて、細々と生き長らえたかもしれない。

この「あとがき」には年月日が添えられていない。自決決意との前後関係は定かでないが、「もしそのとき死んでいれば」には、自決当日の朝、『豊饒の海4巻 天人五衰』の最終回原稿が編集者(新潮社・小島千加子)のもとに届けられた逸話とはまた違う重い悲槍感が漂っている。それはともかく本題となるのは以下である。自らの作品集を「恋文」として記したくだりである。

それにしてもこれらは、どういう人に対して書かれた恋文だろうか? 美に対してだろうか? 自分の繊細な詩的感受性を永遠に甘やかしてくれる、お人よしの美神に対してだろうか? 今になってみると、その恋文の相手は、私にはかなり正体がはっきり見えてきている。それは言葉である。「言葉」に対しての熱烈な恋文の数々がこれだ。


三島文学の柵 なぜ三島文学に惹かれたのか、これまで真剣に問い質したことはない。書けないことの苛立ちが、虚無感の対極に蒼然として控える〈美〉を〝文章読本〟としていたのだろうか。それだけではなかったはずだ。おそらくそれに合わせて人物(登場人物)を探し求めていたのだ。三島文学が創る人格が、新左翼文化の反証として対峙していたからである。そうかといって新左翼に連想される政治チックな人物を求めていたわけではない。たとえば、憂国を体現する人格は、この場合、最初から縁遠い存在であった。

三島文学に求めていたのは現実的なものではなかった。新左翼が現実であったからである。今現在からの感慨であるにしてもおそらく求めていたのは現状(自分という現在生)に対する反証材料だったはずである。反証として眩しく輝いていたのが、鋭い刺殺感を日常の生に溜めこんだ、三島文学の創り出す〈美〉だった。

〈美〉が反自己として創作の向こう側に控えるのである。とても適わない。〈美〉に存立を危ぶまれる。〈美〉に向き合うたびに自己喪失を深めなければならない。ながいジレンマに陥る。人前からも姿を消す。創作的引き籠りである。書けないことの。しばらく続く。見当なしに目につくものを手に取る。それはそれで後の糧になったにしても、釈然とした思いになれないまま45年が過ぎる。それが解かれたのである、〈美〉から。シムノン体験であった。シムノンの〈ロマン・ロマン〉との出会いであった。


2 シムノン体験

「文学過剰」 そこにあるのは美に対する反証だった。〈反美〉だった。それがすべてだった。しかもサルトルのように思想や哲学を伴って提示されているわけではない。平凡な日常として平然として開扉されているだけである。叙述態度も反思想・反哲学に貫かれている。シムノンは言う。問題なのは「文学過剰」を排することだと。インタビュー(上掲『作家の秘密 14人の作家とのインタビュー』新潮社、1964年。以下「インタビュー」)での言だった。こう言う。「作家から与えられた一般的な忠告で、私に大へん有益なのがただ一つありました」、それが「文学過剰」だったと。忠告とは文学過剰の削除だった。
ここに「作家」とあるは、シムノンが作品を送った先の編集者のことだった。女性(女性作家)だった。送ったものが送り返されてくる。書き直し送り返す。同じことがもう一度繰り返される。そして以下の肝心な部分(「文学過剰」)に続く。

(前略)最後に彼女がいったのです。「ごらんなさい。文学過剰ですね。いつも文学過剰なんですね」そこで私は彼女の忠告にしたがったのです。執筆にあたって私がやることは、彼女の忠告にしたがうことですし、補筆訂正の場合の主要な仕事も、また彼女の忠告にしたがうことなのです。(「インタビュー」74頁)

 それを承けてインタビュアー(「記者」)が「文学過剰」とはどういう意味かと具体的な作法(訂正方法)を尋ねる。

形容詞、副詞、それに効果をつくりあげるような一切の言葉を、です。すべての文章はそこではただ文章のためにだけあるのです。もし美文があるとすると――それを削ります。自分の小説のなかにこのようなものを見つけたら、かならずそれを削除しなければなりません。(同頁)

 これだけのことなら趣旨の違う〝文章読本〟でしかない。〈美〉からの解放と言っても表面的なことで終わってしまう。シムノンが自己否定にも近いものとして受け取った「文学過剰」とは、単なる修辞上のことではない。小説(ロマン)がなそうとしているものに対してだった。その抑制法についての自覚だった。「〈純粋〉小説(ロマン・ロマン)」を書くということはという「記者」の問いにシムノンはこう答える。

〈純粋〉小説は、ただ小説でやれることをやるのです。私のいった意味では、小説は、なんらの教訓や時事性を作品に入れてはならない、ということでした。(略)ただドラマだけがあるのです。それに、ただこのドラマと絶対的に結びついているものだけです。(後略)(同83頁、傍線筆者)

断っておけば、「インタビュー」を読んだのはずっと後になってからである。インタビューによって〈美〉から解かれたわけではない。最初の読書体験がすべてだった。一作目で解かれたのである。しかも唐突に、予定もなしに。「インタビュー」を引いたのは、あくまでもシムノン体験の説明のためである。かつての虚無感もシムノンの語る「教訓」の範疇にすぎないこと、自己模索も社会関係の構築を念頭に置く限りは「時事性」にすぎないことを、目から鱗の思いで教えられたのである。

かつて〈美〉を反証材料として否定しようとしていた「虚無感」も、シムノン体験のなかでは空無化する。〈美〉による否定自体は「時事性」ではないが、文学的には「時事性」の超越として加担する。「超越」もこの場合、文学過剰の範疇となる。三島文学を文学過剰だなどとは思わない。「反証材料」としてなくなった(見なくなった)だけである。別な話である。

以下は具体的なシムノン体験である。差し当たって「教訓」「時事性」「ドラマ」から「教訓」についてすこし掘り下げる。〈反異邦人〉の展開として行なう。


反異邦人の立場 カミュの『異邦人』は、シムノンを語る上に比較事例としてしばしば引用される。とりわけ読書体験の一作目が『雪は汚れていた』であったからである。筆者のシムノン体験(ただし〈純粋〉小説)は、全作品の約1.5割に過ぎないが、そのなかの訳者等による「解説」中で2冊にわたってカミュとの比較を行う部分がある。一冊が『雪は汚れていた』、一冊が『片道切符』である。ともに『異邦人』のムルソーと同じ運命を背負わなければならない殺人者であるが、その違いをそれぞれ次のように述べる。最初は『雪は汚れていた』から。

ジッドの賞賛(「賞賛」とは、「ぜひともあなたに申し上げたいのは、『雪は汚れたいた』が、英雄といってもおかしくない恐るべきフランクの性格のおどろくべき確立によって、わたしを仰天させたことです(仰天などという言葉はきらいですが、しかたありません)。見事です」のこと、引用注)を待つまでもなく、この作品の真価はやはりフランクという主人公の青年の見事な性格づけにあります。訳者もこの小説をはじめて読んだとき、すぐにカミュの『異邦人』の主人公ムールソーを思い浮かべました。もちろんカミュとシムノンの文学的な狙いはちがいますが、フランクとムールソーとのあいだには、やはり戦争という巨大な体験を味わった人間、とりわけ鋭敏な青年に共通した何ものかが認められます。カミュがムールソーの内的虚無感を外側から描いたのに対して、シムノンはフランクの微妙に揺れ動く複雑な心情を内側から細かく追及しています。当時の批評家が「シムノンはこの神なき少年によって人間のまったく新しい一つの型を創造し、ヒューマニティに対する新しい視野を開いた」と書いたのは、今日から見ても正しいと思います。(三輪秀彦「訳者あとがき」『雪は汚れていた』ハヤカワ文庫、1977年。傍線筆者)

次は『片道切符』からである。

シムノンの殆ど熱狂的なファンであったアンドレ・ジッドは、彼のことを、「現代フランスで最も偉大な、真に小説家らしい小説家」と評した。ここで訳出した「片道切符」についても、たまたま同年に書かれ(1940年)、おなじガリマール社から同年に出版された(1942)カミュの「異邦人」と比較して、それよりすぐれていると評し、まさに「芸術の絶頂」まで届いた作品だ、と賞めちぎっている。これは、人間のくだらない儀式を拒否するために新しい儀式を必要としたカミュの虚構性の通俗さや曖昧さを、「ラフカディオ」や「贋金つくり」の作者がきびしく見抜いていたからだと思うが、両作品の結末部分を読みくらべただけでも、納得できない批評ではない。処刑の日に大勢の見物人が集まって、憎悪の叫びを挙げて迎えてくれることが唯一の望だ、と見得を切るムルソーは、「なぐらないでくれ」と憲兵にたのむジャンとは全く異質の存在3である。(安東次男「解説」『片道切符』集英社文庫、1977年。傍線筆者)


カミュと「教訓」 シムノンの言に従えば、カミュの『異邦人』は、虚無感に対する「教訓」小説である。あるいは不条理に導くためのそれである。それゆえに傍線2とされてしまうことになる。「虚構性の通俗さ」は、ここでは嘘を形づくってしまうからである。ムルソー自体が「嘘」に入れ替わってしまうのである。故に「曖昧さ」以上にここでは虚偽を読み取ることになってしまう。

とりわけ最終局面である。極刑を受け容れたムルソーが御用司祭の胸ぐらをつかみ絶叫し捲し立てる場面がある。「人間のくだらない儀式」――たとえば母親(ママン)の葬儀――を含む既存の社会関係を内的に拒否し、そのために寡黙であった人格から突然能弁な役者に変貌してしまう姿は、たとえ目の前に極刑が待ち構えているからといえ不合理なたち現れ方というほかない。というのも上訴如何によっては死刑の回避が十分見こまれるからである。

それに裁判の開始段階ではいかにも45年の服役で済みそうな雰囲気が漂っていたのである。極刑に至らしめたのも、事実関係を越えた検事の「能弁」だけである。それも胡散臭い正義感でしかない。上訴を自ら退け極刑を容れようとする条件としてはいかにも不釣り合いで役不足の力説である。「豹変」はそのためである、条件が足りなかったからである。自己補填である。しかも作者としてもそれが分かっていた上での。故に、一見、高い見地が導き出されたように見えても、時間が立つと白々とさせてしまう「結語」にしかならない。絶叫後に訪れた平穏をカミュはムルソーによって次のよう語る。ここだけ引くと、絶叫振りを知らない人には、引用者の態度を訝ることになりかねない。

あの大きな憤努(御用司祭への爆発のこと、引用注)が、私の罪を洗い清め、希望をすべて空にしてしまったかのように、このしるし(極刑のこと、同注)と星々とに満ちた夜を前にして、私ははじめて、世界の優しい無関心に、心をひらいた。これほど世界を自分に近いものと感じ、自分の兄弟のように感じると、私は、自分が幸福だったし、今もなお幸福であることを悟った。一切がはたされ、私がより孤独でないことを感じるために、この私に残された望みといっては、私の処刑の日に大勢の見物人が集まり、憎悪の叫びをあげて、私を迎えることだけだった。(カミュ/窪田啓作訳『異邦人』末尾)

この結末のくだりの前提となりかつ保証書ともなる「大きな憤努」への疑問は、次のような形で解説される文章に出会う時、カミュ文学の不条理性が、比較的早い段階から日本の中でも「虚構性の通俗さ」と交替しうる脆弱性として読みこまれていたことを知る。ムルソーの限界(人格的限界)として分析されたくだりである。

彼はまさに不条理な人間の典型であるが、人生の無意味をまず出発点として、明晰な意識を持ってこの無意味に反抗するという境地には至っていない。いや、ムルソオの意識についてはいささか統一に欠ける憾みがないこともないのだ。それは、獄中で御用司祭の訪問を受けたとき、彼が叫んだ言葉によって、彼の行動が深い思索と固い信念に裏づけられているかのような印象を、私たちが持たざるをえないからである(白井浩司「解説」『現代フランス文学13人集 1』新潮社、1965年、傍線筆者)。

不条理を体現していたわけではないのが、ムルソーの一世一代の「絶唱(大きな憤努)」が暴露してしまう。いまや合理性がムルソーの意識を占め、全世界を手中にさえしてしまう。自己に対する裏切りである。あるいは欺瞞である。そもそも犯罪を起こしたことにも。遡っては「ママン」の死に涙を流さなかったことにも。御用司祭の法衣の襟くびをつかんでムルソーは叫ぶ。司祭を激しく糾弾する。神に仕える存在形態をさえ真正面から問い詰めることができる。司祭に向かい、(あなたは)死人のような生き方をしているのだと。それは生きていることに自信がないからだと。そして自分はと言う。

私はといえば、両手はからっぽのようだ。しかし、私は自信を持っている。自分について、すべてについて、君より強く、また、私の人生について、来るべきあの死について。そうだ、私にはこれだけしかない。しかし、少なくとも、この真理が私を捕えていると同じだけ、私はこの真理をしっかり捕えている。私はかつて正しかったし、今なお正しい。いつも私は正しいのだ。(『異邦人』末尾)

引いたのは前半部分の一部にすぎない。しかしこれだけでも「深い思索と固い信念に裏づけられている」のは疑いない。実に合理的な精神とその貫徹である。シムノンがいう「教訓」である。しかも疑いないのは、そうしてしまったこと(語らしてしまったこと)の文学的過ちである。絶唱は逸脱でしかなかった。しかも決定的な。すべてを水泡に帰してしまうような。したがって、白井浩司がその後に続けた「弁護」には賛成しかねるのである。

この点(「不統一に欠ける憾み」、引用注)を除くと、ムルソオは『嘔吐』のロカタンより、もっと強烈な人間像を私たちに提示する。そして、サロートが指摘したように、作者カミュの鋭敏な感覚と二重写しになって、ムルソオは自然に対する美しい共感を表明する。現代小説の出発点になったこの『異邦人』を改めて読み返すと、現代文学の方向が容易にくみ取れることだろう。(上掲白井1965年)

ちなみに「改めて読み返すと」とは、白井が新潮文庫版の『異邦人』の「解説」(同年の1965年)を訳出者窪田啓作に代わって行なっていることを指しているのだろうが、さらにカフカとの違いとして「カミュの見方は地上的である」とも指摘している。

 
最後の難しさ それはともかく、「弁護」は必要だっただろうか。「現代小説の出発点になった」というなら、むしろ文学的破綻をただしく凝視する上にならなければならない。文学的破綻こそがあたらしい扉を開くからである。再びシムノンに帰れば、まさにカミュの文学的破綻は「教訓」に立ってしまったことにあり、立ってしまったことが〈文学過剰〉に他ならないからである。

これはエクリチュールだけで終わる問題ではない。その人の文学そのものに関わる、文学を行うことの意味に立ち返る根本的問題である。したがって、「この点を除けば」では済まされないのである。むしろ「この点故にこそ」すべては破綻してしまうのである。自己矛盾として引き受けなければならない。シムノンは例の「インタビュー」でこうも語っている。最後の難しさについて。

(前略)たとえば、ここに、きわめて優秀なテレビ・ドラマがあるとします。おそらく劇としても上等の部類でしょう。はじめの二幕は第一級の出来です。なにかまったく新しい、強い印象を受けます。しかし最後になって譲歩がくるのです。かならずしもハッピー・エンドではありませんが、道徳とか哲学とかいった見地から、すべてをうまくとりまとめようとして、なにかがやってくるわけです。見事にえがきだされていた人物はすべて、最後の10分間で、完全に一変してしまうのです。(同77頁、傍線筆者)

当該個所は、商業作品と芸術作品との違いを問われて答えたくだりである。「優秀なテレビ・ドラマ」とは、商業作品の例として上げられたものである。しかし、「最後の10分間」は、芸術作品でも事情は同じである。むしろ、より「一変」度が痛感されることになりかねない。すべては「道徳とか哲学とかいった見地」に立ってしまうからである。いくら高尚に語られても同じである。サルトルが念入りに「解説」(「『異邦人』解説」(『シチュアシオンⅠ』人文書院、1965年))したのは、サルトルの取り違えである。サルトルはカミュに哲学が足りないと批判した。その批判を使えばサルトルは哲学に過ぎてしまったのである。取り違えるほどに。すでに存在そのものが「哲学」であるロカタンは、彼の不断な「内省」とともに独房とは縁のない部外者である。

 
破綻からの開始 問題は、簡単である。「教訓」部分を外せばよいのである。御用司祭に向かった「大きな憤努」を一端ご破算にして、いかに終わらせるかである。シムノン流に言えば「最後の10分間」を如何にするかである。10分間の始まりを告げるのは、司祭に責め続けられ堪えていたなにかが破裂してしまったところである。「そのとき、なぜか知らないが、私の内部で何かが裂けた」の箇所である。そのとき、「私は大口をあけてどなり出し、彼をののしり」を、そうせずに「しかし」と逆説助詞にたち返って再び内部に返ることである。ただし肝心なのは同じ結論――大勢の怒鳴り声のなかに処刑台に迎えられること――を得ることである。シムノンとは一線を画した「外側から描く」文学を貫徹するためにである。

誤解がないように言っておけば、「外側から描く」と言ってもレアリズム文学を念頭に置いるわけではない。それは三輪秀彦にしても同じだったはずである。カミュにとって御用司祭は、ムルソーへの関与を含めて「外側」だったということである。しかも「外側」であり続ける文学こそが必要だったということである。しかも一方に「内側」を措いて。ただしアンガージュマン(シムノン語に翻訳すれば、やや短絡的ながら「時事性」)に仲介されない二者として。

しかしそうはならなかった。ならなかったところからカミュ論が独り歩きしてしまう。それはそれでいい。しかし、認識しておかなければならないことは、そうすればそうするだけシムノンから離れていくばかりだということである。もちろんシムノンは基準ではない。しかし、〈文学過剰〉は普遍である。シムノンを離れるとは、〈文学過剰〉を倍加させてしまう意味である。

文学的破綻からはじめる。それこそが現代文学への方向である。安東次男は言う。「『異邦人』の告発は、今では却って弱々しく、白けたものに思われる」(上掲書「解説」)と。「今では」とは1970年代後半である。筆者が〈ロマン・ロマン〉を学んだ時である。以上を前提にシムノンに何を学んだのかを記す。しがらくは『雪は汚れていた』の「精読」である。念頭に置くのはムルソーである。



Ⅱ 『雪は汚れていた』の精読

精読の前提~両人の相違~ カミュのムルソーとシムノンの主人公フランクやジャン(以下フランク)とどこがちがうのか。突然ながら運命である。運命を自分の手で創り出せるムルソーに対してフランクは創りだせない。因みにロカンタンはすべてを取り決められる「存在」でありながら、運命は決められない。運命を持たない(持ちえない)からである。それに対して二人は、最初から運命の匂いを体内から発散させている。しかし、ムルソーは事に応じて意識を保ちながら拒絶を繰り出す。その時太陽が眩しかったからと、表向き意識の喪失のなかで惹起したかのように綴られる殺人行為にしても、眩しさが言説として解き明かされないので表向きの出来事でしかない。どこか粉飾決算めいている。

一方のフランクは個の属性において徹底的に異端で、運命も平気で操れそうでいてどうすることもできない。個人を超えて決められているからである。まさにそれが運命と言ってしまえばそうなのだが、問題は超え方である。日々の生活やその集積である人生などではないからである。人が運命という時、たとえば人との出会いであったり、進学先や就職先であったり、移転や転居であったり、入会や参加であったり、それを自分の見えない意志によって導かれたことであったと自分の外で決められていたかのように言うから運命に格上げされるだけである。マイナスの出来事であれば「これも運命」と呟けば慰めになる。運命は個人を否定しないのである(ただし自然災害や歴史的惨禍はカテゴリーを異にする)。したがって、フランクの場合――とくにムルソーと比較する場合――「超えて決められている」とは、「否定しない」の部分となる。つまり個人を否定するのである。相対的ではないということである。それが異端を生きるフランクの打算のない生であり、自己証明書となるフランクの原資である。


1 二つの殺人

第一の殺人 フランクの運命は、自己選択による三つの事件によって構成されている。内二つが殺人事件、一つが背信行為である。問題となるのは、一つの殺人と背信行為である。殺人事件の一方が、背信行為より凶悪犯罪でありながら問題にならないのは、ドイツ軍占領下での事件であるからである。主人公フランクが殺した相手はドイツ軍の将校だった。ただし加害者と特定関係のない任意に殺害であった点は、それがレジスタンス的行為でないことで、人間一般からは非難されなければならない。

それというのも不純で非倫理的なきっかけだったからである。たまたま飲み仲間が自慢げにナイフを取りだして見せびらかせたのである。少し年上でいつも兄貴分風をふかせていたクロマーだった。顔には出さなかったが、フランクは快く思っていなかった。そのときも「刃にさわってみろよ」と、いかにも弟分に対する偉ぶった物言いだった。そういうつもりではなかった一言が口を衝いて出る。「おれに貸してくれよ」これがはじまりだった。クロマーの一言が「後押し」になる。「こういふおもちゃはなんでもないことのために作られたんじゃないぜ」。

被害者が被害者になったのは、運が悪かったとも言える。たまたまその場にいたからである。正確には店の「常連」だったのでいつものようにいたと言い直すべきだったが、フランクの心理状態からすれば、やはり偶々そこにいたのであって、そういう意味で運が悪かったのである。見かけも殺すべき対象ではなかった。店の「マスコット」のような存在だった。難点といえばスケベだったことである。フランクの母親が隠れて営んでいる売春宿にも現れた。

ともかく無害だった。店(酒場)では「〈宦官〉」と呼ばれている程だった。それにもかかわらず、偶々が必然に変わったのは――言い換えればフランクの「意欲」を誘ったのは――実利が得られる点もあったからだった。拳銃だった。でもそれもナイフの場合と理屈は同じだった。蔑まれないためである。感心するだけはさらに蔑まれる。借りなければならない。対等以上になるためである。拳銃も同じだった。使うか使わないかは別にしても持ち歩くだけで「ひとかどの人間」になれるからだった。結局、その殺人(第一の殺人)は通過儀礼だった。童貞を失うのと同じだった。クロマーの焚きつけはおまけにすぎない。

フランクは19歳で最初の男を殺したわけだが、それは本物の童貞の場合とほとんど同じくらい感銘のうすい童貞の喪失だった。そして本物の童貞の場合と同様に、それは計画されたものではなかった。ひとりでに起こったのだ。まるでひとつの決心をするのがあたりまえとなる時期が必然的に訪れたみたいだが、その決心も実際にはずっと以前からすでに決められていたのである。(シムノン『雪は汚れていた』第1部1、傍線筆者)

社会に反感をもった青春小説は多い。ドイツ軍占領下の一エピソードとして十分時代的な背景を持った実体感のある小説となりうる。佳品にもなる。でも第一の殺人は開始のベルに過ぎなかった。それでも殺されなければならなかったドイツ軍の〈宦官〉は憐れだった。非難されるべき非倫理的行為だった。占領軍の将校であることは免罪符にはならない。とりわけ将校の〈人格〉に対して糾弾されるべきことだった。


第二の殺人 将校は哀れに死んだ。歩道の雪の上だった。上半身が雪の上に横たわっていた。雪はやがて融ける。屍も朽ちる。だれからも憐れまない。フランクも問題にしない。しかし問題にしないことを問われる。誰からでもない。自分からである。不合理な死はいつまでも残る。その上で次の殺人を付け加えようとする。

第二の殺人がはじまろうとしていた。今度も予定していたことではなかった。でも予定外だったことが、フランクの人格を根底から疑わせることになる。単なる人格否定程度ではおさまらない。普通に人間であったことの恐ろしさが、その罪を罪以上の狂気に類する行為に置換するからでる。

今回も発端はクロマーだった。占領軍の某将軍との取引きのためだった。古い時計のコレクターだった将軍の話を持ち込んだのである。それでも話題程度だったはずである。フランクを特別当てにしていたわけではない。でもよろしくないことにフランクには当てがあった。思い出したのである。そして静かに冷たく尋ねる。「もうけは山分けかい?」こうして次の殺人の緒に就くことになる。

正直、フランクの人格は疑われなければならない。「フランクちゃんね!」そう感動的に呼びかけてくれた老婦人を手にかけたからである。子供頃住んでいたことがある寒村だった。10歳までだった。里親に育てられていた。寒村に出向いたのは、村に熱心な古い時計のコレクターだった時計屋がいたことを思い出したからだった。押し込み強盗を図ったのである。分からないように顔をマフラーで隠していた。それが弾みで外れてしまう。子供の時以来会っていなかった。でもかつて老婦人からそう呼ばれていたように呼ばれてしまったのである。「ほんとうにあんたはフランクちゃんだね!」。

だから手にかけたのだろうか。押し込みを手伝った、フランクよりはるかに人相の悪く凶暴そうな男でさえ、事を無事終えたにもかかわらず、一人戻って老婦人を殺害してきて平然と車に乗り込んできたフランクに対して、唾を吐きかけるように「オールドミスを!」と咎めた。当然である。老婦人は咎め立てしなかった。ただお菓子でも欲しがるようなことだとしか思っていなかった。だから懐かしさの方が大事だった。「仕事」が終わったら懐旧からひとしきり話をしたかった。「すいません、どうしても必要だったので」そう言って、「いずれ埋め合わせしますから」と一言つけ加えておけば済むことだった。「フランクちゃん、もうこんなことしちゃだめよ」と叱られればそれで済んだかもしれないのである。でもフランクは老婦人を手にかけた。〈宦官〉から奪った拳銃で。

なぜこんな真似をしたのか。さすがのフランクを参っている様子だった。まだ救いだった。〈宦官〉のときのようにはいかなかった。車で町にも戻る間、助手席で落ち着かなくなってしまう。神経が参ってしまったかのように感じられる。運転手(別の助っ人)に気づかれないか心配だった。窓ガラスをおろす。むさぼるように空気を吸い込む。呼吸にたよる。落ち着きを取り戻そうとする。それでも車が街に近づき、明りを目にすると気持ちが落ち着くのをフランクは感じる。動揺していたのもたんなる生理的なものでしかないと自分を納得させる。そして再び「大義」と向かい合う。これでよかったんだと納得し直す。あまりに勝手だとしても。

彼は満足していた。一度はこんな目に合わなくてはならない、そして今はそれも終わったのだ。〈宦官〉なぞ数のうちに入らない。あれは意味がなかった。いわば練習みたいなものだったのだ。
そして、奇妙なことに、いま彼はずっと以前からその必要を感じていたひとつの行為を、やりとげたばかりのように思った。(同第1部4、傍線筆者)



2 背信行為

偶然としての契機 次は殺人から見れば程度は知れている。明確な犯罪というわけでもない。しかし、もっとも深く追い詰められる行為となる。運命にもっとも近い事態を自ら招くことになるからだった。

背信行為とは、あどけない一人の少女の心を深く傷つけることだった。少女は16歳だった。名をシシイと言った。フランクと同じアパートの同じ階の真向かいに住む住人だった。父親との二人暮らしだった。シシイは一方的にフランクを好いていた。でもフランクには関心がない。彼に興味があったのは父親の方だった。ホルストという。電車の運転手だった。運命を握る一人だった。それ以上だった。

それでも偶然の機会からシシイとデートすることになる。運命は、まだ影も形もない状態でもいつも偶然を俟っていた。娘は父親をカーテンの隙間から見送る。その日もそうだった。でもその日はフランクも歩道にいた。窓辺での別れのあいさつを交わした後もカーテンの隙間から外を見ていた。父親ではない。父親を乗せた電車はもう出発していた。フランクを見ていたのだった。通りに残っていたからである。フランクはシシイに気づいていた。

父親と娘はこうして別れを交わすのだ。電車が出発してしまっても、娘はまだ窓のところにいた。フランクが通りに残っていたからである。そこでフランクは急にある決心をした。彼は顔を上げないようにしてアパートに戻り、別に急がないで4階まで上がると、いくらか心を弾ませながら、ロッテ(フランクの母親、引用注)の部屋(つまりは自分の部屋、同注)の真向かいのドアをノックした。(同第13、傍線筆者)

なぜ状況としてはそれだけのことなのに後に運命の糸を引き寄せるようなことを思い立ってしまうのか。自分から近づかなければ運命はやってこないのだと決めつけていたかのようである。でもまだそんな段階ではなかった。それに踏みだしすぎていたのならそこで止まればそれで済んでしまう。簡単に後戻りできる。それを次の偶然を得ては一気にのめりこんでしまう。

いずれにしてもそれがはじめての顔合わせだった。入れてもらえないと思っていたが、シシイはフランクを部屋に招き入れる。当たり障りのない会話しかできない。雰囲気は表向き紳士なのである。違うクールなのである。娘の思いを弄ぼうなどとは考えない。それがそうはいかなくなる。予定していない事態が起こる。隣室の一人の老人が部屋をノックしたのである。

でも状況から言えば偶然とは少し違っていた。父親が仕事に行った後、一人残された娘の監護役(父親役)を引き受けていた老人だったからだ。でも老人が勝手に決めていたことだった。フランクもあからさまに軽蔑する眼を向けるのを見て知ったことだった。もちろん軽蔑は慣れていた。老人だけではなかった。アパート中の人間がフランクをそして母親を軽蔑していた。でも部屋まで入ってくるとは知らなかったのである。

老人はフランクがノックするのをところから見張っていたようだった。まさか部屋に入れないだろうと思っていたはずである。シシイの内心を理解できない「父親」役だった。いつノックしようかずっとタイミングを見計らっていた。こう言って部屋に入ってくる。「ごめんなさいホルストさん」「マッチをお持ちでないかと思ってな」と。

老人はヴィンマーといった。入ってくるところまでは良かった。それが、余計な一言がフランクをまた大きく前に踏み出させてしまう。老人はこうシシイに話しかけたのである。「もうじきまた雪が降るそうだね」と。「そうらしいですね」と普通に応じたシシイに老人はこう続けたのである。「寒くっても困らない人たちもいるからね!」と。たしかにフランクの母親はその商売によって不自由しないで済む生活を送っていた。燃料となる石炭もたっぷり貯えていた。でも部屋から出て行かせたいための皮肉だった。当てこすりだけで言ったわけではない。

老人はそんなことを言わせるつもりで言ったわけではなかった。でもフランクの口から出た言葉は、老人を驚かせる。実は老人だけでなく言った張本人さえも驚かせることになる。「失礼ですがヴィンマーさん……」そうフランクは呼びかける。呼びかけられた老人は、名前を言われただけでも腹出しくてならない。それがさらにこう聞かされるのである。「ホルストさんとぼくとは、これから出かけるところなんです」と。

おそらくシシイもフランクと本質を分かちあっていたのだ。だから老人を裏切るようなことを言ってしまったのである。「ほんとうですのよ」と。彼女もこの一言で自分の運命を引き寄せてしまう。まるで気づいていないことがその分運命からの痛手を全身で受け止めなければならなくなる。でもこれはまだ先の話である。


展開過程 こうして二人は街に繰り出し、部屋のなかで話題になっていた映画を観る話を現実のものとする。暗がりのなかでフランクはシシイの体を触る。フランクは単なる不良ではない。シシイを弄ぶつもりではなかった。シシイの気持ちが分かっていたからだ。正確には分かっていたことを知らない振りがしたくなかったからである。それにシシイの向こうに父親のホルストがいたからである。まるで父親に近づいたつもりになっていたのである。不遜もいいところである。

いずれにしてもフランクの行為は、純粋な乙女を愚弄するもの以外のなにものでもなかった。しかも、フランクの不純は、少女が自分への接近の度を深めるに反して――きっかけを自分でつくっておきながら――少女を煩わしく思う方向にしか自分の態度を導き出せない。それでもシシイと逢うのは、父親のためだった。ホルストが気にかかって仕方ないのである。シシイは嫌がる。父親のことばかりを訊かれるからである。自分のことが嫌になってしまいからだと思いはじめる。尋ねもする。フランクはますますシシイが煩わしくなる。嫌気がさす。でも父親のことを知ることができる。家にいる時はいつも本を開いているらしいこと。もとは美術批評家だったことも。思ったとおりインテリだった。しかも傷ついたインテリだった。母親が家出したのである。しかもかけ落ちだった。相手は歯科医だった。こんなことまで知られたのである。シシイを我慢することぐらいなんでもない。

敏感なシシイは、フランクが自分を嫌っているのではないかと疑い出す。父親のことばかりを、それも訊かれたくないことまでも含めて聞きだそうとする。「ほかのことを話してほしかったのに!」とシシイは叫びたくなる。かわりに彼の指に指をからませる。乙女の精一杯の訴え(抗議)である。でもフランクは気がつかないふりをする。

ここまでならよくある遣り取りである。でも違うのは、フランクがもう別なことを考えはじめていたことである。ある決心を固めたのである。決心しておきながらそんな決心をするなど、決心した瞬間を含めて予定も予想もしていなかったことだったはずである。またもや自分自身とは別なものの力であった。フランクはそうやって生きてきた。知らない力を容れていた。おそらく小さい時からそうだった。気がつかなかっただけだ。気がついていないのは、幼いときのままだった。気がついていたなら普通はそんな真似はしない。できない。それが一線を超えてしまう。越えたことの意味は後々たっぷりと味わうことになる。もしかしたらフランクの〝勘〟は、どこかでそれを(最後の意味)を心の奥深くに感じとっていたのかもしれない。あるいは「知らない力」とは、「最後の意味」からくるものだったかもしれない。


人身御供 彼女を人身御供に差し出すことだった。でもシシイは知らない。自分がそうされようとしていることを。二つ殺人の契機をつくった――と言っても当の本にすれば無作為性に由来するものと抗弁するに違いないが――二つ年上のいつも兄貴風を吹かせているクロマーに提供されようとしていたのである。クロマーは若い子に人一倍関心をもっていた。提供のきっかけだった。でもこれだけでは足りない。フランクの「名誉」にかかわる。なにかの偶然がはたらかなければとても考えていなかった。それもフランクである。でもクロマーへの最初の「情報提供」――シシイのこと――も考えてみれば、どこかで繋がっていたにちがいない。根っこの発想は同じだった。形を変えた偶然だった。途端に必然になってしまうだけだった。

以下に掲げる会話は、いつもの酒場(〈チモ〉の店)のいつもと変わらない普段話だった。ただ二人とも大事な用事を抱えていた。フランクの場合は例のナイフを返すことだった。クロマーは古い時計に心当たりがないかを尋ねることだった。フランクはクロマーを好いていなかった。それはクロマーも同じだった。二人は上辺で飲み交わしているだけだった。だからだった。ナイフを返す時「これを使ったのか?」と聞かれた時、本当ならポケットには拳銃も入っていて、それを見せればクロマーが吹かす兄貴風も一気に吹き飛ばせるのにまるで反対なことを口にする。「使う機会がなかったんだよ」と。クロマーは安心したように古い時計の話をその後で持ちだしたのである。

期待していたわけではなかった。それがフランクからは「もうかは山分けかい?」と予定外の返事が返されたのである。しかも車と信用できる男を2人用意してもらえればとまで口にするのである。以上は上述した話である。繰り返すのは、シシイに話が向かう前提になっていたからである。フランク主導で話が進んでしまうのを嫌うかのようにクロマーは話を変えたのである。それが「人身御供」のきっかけであり始まりだった。

「お前は今日何をしてたんだ?」
「映画に行ってたのさ」
「女の子と一緒にか?」
「もちろんさ」
「ものにしたかい?」
(略)
「いや」
「おれに紹介してくれるか?」
「まあね。処女なんだよ」
(略)
「お前は気があるのか?」
「いいや」
「じゃ、おれにまわせよ」
「考えとこう」
「若いんか?」
16だ。おやじと二人暮らしだ。車のことをたのむよ」
(略)
「映画館で二人してやったことを話してくれ……チモ! 一本くれ……さあ、話せよ……」
「いつもとかわりないよ……靴下、靴下どめ、それから……」
「女はなんて言ったい?」
「なんにも」
フランクは帰りたかった。もしかすると母親がミンナ(新入りの女、引用注)を泊らせているかもしれない。ロッテは最初のうち、女を帰らせたがらなかった。それきりもどってこない女もいるからである。
彼はミンナを抱くだろう。結局はシシイを抱くのと同じはずだ。暗闇のなかでは、たいしたちがいはないだろう。(同第1部3、傍線筆者)

傍線部分は、ニヒルを気取ったよくある捨て台詞である。普通ならこれで(雰囲気を出すだけで)終わる。それがそうならない。核心を生み出す引き金となる。「インタビュー」のなかではシムノンの推敲は削除、削除の連続だと言う。文学過剰の。では傍線部分の「暗闇では」は、最初から予定していた1行であったのだろうか。そうだったはずである。「ミンナを抱くだろう」で章を終わらせるわけにはいかないからである。

言い換えればフランクらしい閉じ方ではないからである。フランクがそのように要求したのである。それに「要求」こそが、文学を牽引する。牽引者は作者ではないのである。作者に先は見えないのである。シムノンも同じである。否、シムノンこそはだれよりも見えない闇の深さを体内に抱え込んだまま綴る作家というべきである。ちなみに、「インタビュー」では執筆中の態度について、「まるで修道士そっくりといった暮らしをするのです。一日中私は作中人物の一人となっています。人物が感じたように私も感じるのです」と語っている。厳密な意味で先にあるのは作中人物なのである。したがってフランクでしかありない。フランクがその流れの中で、しかも一区切りするために言わせたのである。「暗闇のなかでは、たいしたちがいはないだろう」と。まるでモノを扱うみたいにして。

でもモノでとどまっていたのではフランクは前に進めない。フランクがシムノンに求めたのは、自分の力だけではどうにもならない運命に自分を近づけることだった。でもその時でも(要求する時でも)前に立つのは自分だった。シムノンは後ろだった。もし関与するとしたなら、ライトで前方を薄暗く照らす程度だった。フランクが薄闇に見たのは、自分が選択しない自分だった。でも見てしまったことで事態は意志を離れて進んでいく。「もうおそすぎた」。彼はいつもそう言った。自分自身に対して。そして始まった。運命が。


運命の開始 フランクは自分の部屋に来るようにシシイに要求した。意味は明白だった。シシイにはもう覚悟が出来ていた。会ったら言うことも決まっていた。「来たわよ」と。そして「あなたがたのんだからよ、フランク」と。フランクはドアを閉める。暗がりのなかで彼女は最後の自己弁護をする。「やっぱりわたしがほしいの?」と。フランクは言う。「ほしいよ」と。これで儀式は終わった。シシイは自分から服を脱ぐ。暗がりだったがもうほとんど裸の状態だったにちがいない。不安を拭うようにフランクの手をさぐり求める。彼がそこにいることだけが彼女を救う。手を探り当て「フランク!」と声を上げる。「彼女が彼の名をこんな口調で口にしたのははじめてだった」。でも彼は見えないのである。声をだすしかなかった。闇はまだ不安を生んでも安心は生まなかったのである。

でも問題はその声をドアの外で一人の男が聞いていることだった。クロマーだった。入れ替わりのためである。待たせていたのはフランクだった。その時から立場は完全に入れ替わった。もうクロマーは子供のように不安になっていた。気が変わった、別の日にしようといえば、喜んで「そうだな、それがいい、残念だが」と救われた思いになっていただろう。フランクはクロマーの弱気を完璧に見抜いていた。計算づくの企みだった。最後の手筈をするときも、入れ替わった後のフランクが立ち去ってしまわないか心配でならない。「ここにいるよ」そのフランクに「どこにも行かないと約束するかい?」とクロマーはすがるような声をだす。フランクはつくづく思う。「わずか10日ほど前には、彼はまだクロマーを年上の男、自分より強い男、つまり一人前の男だと思い、自分はただの子供だと考えていたのだ!」と。そして言う。

「しっかりやるんだぞ!」と彼は相手をはげますために、見くだすような口調で言った。
「だめだよ、おい。こりゃお前の役目だ。おれはこの家の勝手がわからんからな。やめたいよ……」
「しっ!」(第2部1)

それもあった。大人になれるからだった。自分でなければできない。それもあった。ただ不思議なことに頭になかったのはシシイのことだった。彼女の気持ちだった。なぜなのだ。物事をしっかり考えることが人一倍できるはずだ。そういうに育ってきたのだ。それが里子に出された子供というものだ。それが、こんな、小さな子供でも分かることに気がつかないなんて。しかも愚かしいのは、「すぐもどってくるかなら……」と言って、待機していたクロマーを押し込んで慌ててドアを閉めてから、次の一瞬になって初めて事の重大さに気がついたことである。

フランクはその場に呆然と立ち尽くしていた。そうすることだけが事態の把握に必要な身体動作であるかのようにして。でもすでに遅かった。一瞬前と後とではすべては変わってしまっていた。しかも取りかえしがつかなくなっていた。なんでこんな簡単なことに気づけないのだ。運命をとやかく言える状態ではなかった。「運命」以前だった。

もはや町もなかった。ロッテも、ミンナも、誰もなかった。街角の電車も、映画館も、世界もなかった。もはや何もなく、ただこみあげてくる空虚感、こめかみに汗をにじみ出させ、手を左の胸に当てざるをえなくさせる苦しみがあるだけだった。(第21

結局、シシイの自己防御本能が我が身を汚されずに済ます。でも部屋を飛び出し、アパートから走り去ってしまったシシイは、部屋の鍵のはいったバックを置いていってしまったのである。そのバックを手にしてシシイを探しに街を彷徨うフランクは、それまでは、まだクロマーが部屋にいてなんとか気丈に振舞っていられても、今はシシイが自分を見失っているように自己喪失状態の最中を彷徨うほかなかった。

だからそれまで一度として発したことのないような哀願に似た声を出した。「鍵だよ!」「鍵だよ!」シシイの気配を感じたからである。声は帰ってこない。姿も表さない。自分が居たのでは出てこられないのだ。ここに置いておくからと叫ぶ。もう一度叫ぶ。「鍵だよ! ここに置いていくからな……」。そして立ち去る。シシイが出てこられるように。

でも本当にバックを受け取ってくれるか心配でならない。「文字通り身をはぎとるように空地を離れ、無理に電車通りのほうへ、歩道の上の雪の山の間の黒い小道へと自分をひきずっていった」のである。フランクはわけもなく歩き回る。そうすること以外になにもできない。「胸をしめつけられるような思いでよたよたと歩いていった」のである。

アパートに戻る。戻ってくれただろうか。明りがついていない。戻っていないのだ。暗い部屋はそのまま自分の今だった。フランクは、向き合ったことのない自分と向き合っていた。なぜ戻ってこないのだ。お願いだから戻ってきてくれ。叫ぶ。叫ぶしかないことに我慢がならない。

フランクは時間を残酷に思う。違う、時間というものが残酷以外の何ものでもないことを知る。そして自分を追い詰めるものでしかないことを。「時間は時間に重なりあった。それはたしかに彼がこれまでに味わったいちばん長い時間だった。目覚時計の針が同じ位置にあるのを見て彼はときには大声で叫びたくなるほどだった」。なぜならこんなふうに自分を曝け出せられるか。フランクとは何者だったのか。おそらく一番分からずにいたのは当のフランク自身だったに違いない。自分を見失う日々のはじまりである。言いかえれば運命の開始である。


運命の周辺 この後の展開のために記しておけば、シシイは戻って来てくれたのだが、長い時間薄着で外にいたためとショックとで病気になってしまう。なかなか治らない。長引いている様子だった。肺炎のようだった。父親のホルストが仕事を休んで看病していた。ロッテは息子が怖くなる。村の事件(殺人事件)にも関与しているのではないかとも疑っていた。それにもあるが、今はなによりもアパートの住人たちが怖い。以前なら蔑まれる程度だったが今は違う。何をされるか分からない。誰もがフランクが何をしたのかを知っていたからである。息子にはしばらくアパートを離れて違う場所で暮らしていてもらいたいと思う。息子にはそれが簡単にできることを母親は知っていた。特別のカードを持っているらしかったである。

〈グリーン・カード〉だった。それを見せれば、占領軍の兵隊は、下士官を含めて一歩下がって敬礼するくらいのカードだった。クロマーを通じて古時計の将軍から出させたものだった。アパートの人間たちも知っている。いつかスパイ容疑でアパートの住人の部屋に占領軍が家宅捜索を始めたことがあった。その間、住人たちは寒いアパートの外に全員出された。なにも知らずに戻ってきたフランクは、アパートの入居を拒む兵士に向かって例のカードを取り出したのである。兵隊は一歩退いてフランクを通す。アパートの住人たちが見守る中での出来事だった。自分たちに危害が加えられないのも息子のカードの力によるものだった。ロッテはそう思っていた。

母親は分かっていた。でも母親としての力も必要なはずだ。示さなければならない。いまはそのときだ。「お願いだからあたしの言うことを聞いておくれ、フランク」。「いやだよ」。あまりにもあっさり言い返される。思わず口に出てしまう。「お前は自分勝手なことしかしないんだね」と。でも「そうさ」と再び簡単に言われてしまう。ロッテを救ってくれたのは一人の訪問客だった。母親とは古くからの付き合いだった。なにかと気にかけてくれる。訪問客はこの地区の警部だった。警部は母親の商売も知っている。それでも古い知り合いの母親を気遣って折を見ては訪れる。今回もアパートでの騒ぎを知ってやってきたのである。フランクに関係していたことも知っていた。母親を心配して訪れたのである。

訪れた警部は、フランクに対していままでのような親しげな面持ちではなく、はっきりと「不良」としてしか見なかった。フランクもいち早くそれを悟って最初から攻撃的になっている。ついには、あなたに逮捕されたいと挑戦的なことまで言い放つ。もちろんそんなことを口にするのは、フランク一流の言葉遣いに警部が異を唱えるように反応したからである。母親は気がきではなかった。二人が自分の頭の上でつかみあいをしているからだった。息子フランクの警部に対する宣戦布告をさえ思わせるものだった。

「きみはいくつだい、坊や
ぼくはあなたの坊やじゃないけど、返事しましょう、いま18で、もうすぐ19になりますよ。今度はぼくのほうから質問させてください。あなたはたしか警部ですね?」
「それが正式の肩書だよ」
「いつからですか?」
6年前に任命されたよ」
「警察に入ってから何年になりますか?」
6月になると丸28年だ」
ぼくはあなたの息子みたいなもんですね。尊敬しなくちゃいけないな。28年も同じ職業をしてるとは、ずいぶん長いですね、ハムリングさん」(同第22、傍線筆者)

ハムリングが名前だった。警部とのやり取りで息子フランクの怖さからは解かれていた。でもどこか遠くに行ってしまった息子をそこに見るようだった。自分のもとに戻ってこない息子の姿だった。想像はいずれに現実になるが、もう少し先の話だった。一方のフランクも警部によって解かれていた。警部が知らなかっただけである。だから警部は思いがけない「大きなサービス」をしてやったのだった。フランクをシシイの苦悩から解いてあげたからである。

でも重大事項はそれだけではなかった。傍線部分だった。運命の骨格部分だった。でもその意味は二人には分かっていない。とくにフランクには。それでもフランクを離れてフランクの意志と無関係に発せられたわけではないのである。場面が生んだ言葉だった。場面とはフランクではない。背後に控える作家シムノンでもない。作家からも主人公からも離れて発せられる言葉――小説の内在力である。シムノンの深淵でもある。


3 逮捕・拘束と最初の尋問

人格の横顔~「神なき少年」~ 話はこの後、現実となった逮捕劇へと進んでいく。演じたのは警部ではなかった。占領軍だった。ただ将軍とは関係のない別組織だった。服装も私服姿で普段は目立たない存在である。でも彼らの前では将軍でさえ体を強ばらせてしまう。影の力をもった特別な組織だった。

いよいよ『雪は汚れていた』のクライマックスである。ジットを驚愕させた佳境である。その驚愕を含めて当時の批評家が語ったという、「シムノンはこの神なき少年によって人間のまったく新しい一つの型を創造し、ヒューマニティに対する新しい視野を開いた」(傍線筆者)の、人跡未踏の荒野への分け入りである。あるいは、ムルソーとは違う「内側」からの深い訴えである。

それでも「神なき少年」というならムルソーも同じである。むしろ表向きはムルソーの方が強烈である。例の御用司祭へぶちまけた、我を忘れたほどの「大きな憤怒」を強力に開示しているからである。『雪は汚れていた』には、直接的には神は姿を現さない。それ以前に神の入る余地がない。

フランクに必要なのは、目の前に置かれたものだけである。それが時にナイフになり拳銃になり、あるいは古い時計になるだけである。人に関しても同じである。出会う人だけである。問題なのもどういう表情をつくるか、どういう言葉を発するかだけである。それも人との関係を作るからではない。逆である。作らないためである。作るには自分が必要であるが、自分が誰であるか分からなかったからである。しかも分からないことを分からないままで済ます。なにも望まない。自分を望まないのは自分がないに等しい。

愛情も欲望も彼に力を貸さなかった。それでも彼は女を抱く。だから欲望は彼に力を貸した。でも欲望は女との関係をつくらない。女たちが娼婦だったからか。でも普通の娼婦たちではなかった。店の女たちだった。同じ屋根の下で寝起きをともにしていた。母性愛で接してくれる女もいた。妙な言い方だが「家の人」だったのである。だからそれは欲望ではなかったのだ。フランクには欲望はなかった。同じように男に欲望をもたない、新参の娼婦アニーがいた。あとで再登場することになるが、それとはかかわりなくフランクは彼女に不思議な安心を覚えていた。欲望が欠落していたからだった。

たしかになにかが欠落していた。もし「神なき少年」というなら欠落のなかに育まれた人格がつくるものだったはずだ。すべてから見離されていたのである。平等であるべき運命からも。だから運命を健気に追い求める。

なぜだろう。やっと眼の前にあるもののように感じることができるようになったからか。おそらくそうだった。するだけのことはしたからだ。でもナイフでも拳銃でも古時計でもなかった。最初は同じようにしか考えていなかった少女だった。彼女がフランクになり替わって、フランクの欠落を埋めるかたちで運命を形あるものにしようとしていた。シシイはすでに自分だった。ただこの「最後の意味」に辿り着くにはまだいくつかの過程を経なければならない。

いまは自分で探すのである。自分の手では見つからなくても、相手が待ち伏せしているように感じられる。でもできれば自分で見つけ出したいと思う。思うのは、そんな思いになれることが不思議で真新しいことだったからである。

感動することがなにもなかったのを教えられているようなものである。知らなかっただけである。でも今は違う。運命を身近に予感していた。全ては気づけずにいた運命の総体まで含めて。だからこそ「神なき少年」だけで終わらなかったのである。「ヒューマニティに対する新しい視野」に一人の人間が全く新規に誕生しようとしていた。だからこそ余計に運命を予感することになったのでる。

運命はどこかで待伏せしていた。いったいどこで? 運命が時間をみはからって姿を現す前に、フランクは自分から運命を迎えに行って、あらゆるところで運命を探し求めた。要するに、彼は空地で鍵が入ったハンドバックを差しだしていたときのように、こう叫んでいた。
「おれはここにいるぞ。お前は何をぐずぐずしているんだ?」(同第23


拘束の日々 でもやはり今回も自分だけでは運命には出会えなかった。いつもと同じだった。だから「こんなふうにしてそれが起こるとは、彼は夢にも考えていなかった」のとおりだった。その一瞬としては特別なものではなかった。

アパートを出てすこし行ったところで呼びとめられたのである。「わたしと一緒に来てください」と。そして落ち着いたこえでこうも言った「よろしい」「それをこっちに渡しなさい」と。言葉の意味が理解される前には男はすでにフランクのポケットから拳銃を抜きとっていた。礼儀正しいほどだった。でも正真正銘の逮捕劇だった。運命の扉を開けるためには必要不可欠の一瞬だった。

訳者三輪秀彦が言うように逮捕された後の内的描写は圧巻である。通常なら取り調べ場面だけでも小説をつくる。おもしろくもする。でも違う。『雪は汚れていた』では内省が小説をつくる。取り調べも、シムノン一流の緊張感を醸しだしていても内省を深めるための脇役でしかない。条件になっていてもそれ以上ではない。だから逮捕拘束され、本は大学であったらしき建物に拘束されても、最初の事務的な遣り取り――名前、所持品の確認、そしてそのためのサイン――を別にして、なかなか尋問は始まらない。もう18日も経っている。

1章分の分量が費やされて独房(といっても気の利いた教室)のなかで自分と向き合う日々が綴られる。いままでも言葉には神経質で気質がさらに鋭敏化され敏感になっていく。たとえば〈しゃば〉での言葉遣いについて考えてみる。なんていい加減に使っていたのかと。そして満足していたかに。「しゃばでは、言葉のほんとうの意味も考えないで、みんないろいろな言葉を使っている。実に驚くべきことだ」と思うことになる。外にいたならまるで気がつかなかったことだった。そしてこのこと――「言葉のほんとうの意味」だけでもたっぷりと時間を費やすことになる。実際、「この言葉の意味の問題に彼は2日間をついやした」のだった。

 
情報の渦中 すべてが「進歩」だった。結局、フランクは思ってもみなかったところに辿り着く。すべては外から切り離されているからだったが、それでもときに外との接触も必要になる。最初の接触は、母親のロッテの面会だった(19日目)。母親は昔以上につれなくされて傷心の内に帰るのだが、接触は無意味ではなかった。それどころか大きな意味を持っていた。母親との面会で思いがけない情報を入手する。とくに警部ハムリングのことだった。

警部がホルストの部屋をしばしば訪れているというのだった。意外だった。ハムリングはそれまでホルスト一家のことは名前でしかしらなかったはずだからである。それが「何度もあの家に行ったよ」と聞かされたのである。それもシシイや父親ホルストの様子を母親に尋ねたはずが、返ってきたのはハムリングだった。ハムリングの名前がでてくるなんて想像もしていなかったのである。しかも伏線まである。「あたし、商売をやめることにしたよ」とロッテは唐突に切りだしたのである。そして付け加えたのである。「ハムリングが忠告してくれたのよ。お前はあの人のことを信用しなかったけど、それは間違いだったわ。できるだけのことをしてくれたのよ」と。後段で重要性が再確認されることになる。

ただし現段階でもっとも肝心な「ニュース」はシシイだった。シシイがどうもノイローゼだということを知らされる。病状も思わしくないらしいという。付ききりで父親のホルストが看病しているらしいのである。父親が部屋を留守にしなければならないときはあのヴィンマー老人が代わりに看病しているという。随分たくさんのニュースだった。ニュースが一つの結論に達するまでにはまだ時間が必要だった。それに一つに繋がる予感もまだなかった。だから今は個別のニュースに向い合っていればよかった。とりわけずっと頭を離れなかったシシイのことを。

予想以上の事態だった。軽い肺炎程度で済んでくれるのではないかと、どこか希望的観測で過ごしてきたのだった。でもノイローゼだった。思わしくないのだ。「シシイは頭がおかしくなったのか?」思うたびにフランクは怯える。怯えに向かって「きちがい!」と叫びかえす。怯える自分への怯えを生み出すだけだった。フランクがもっとも許せない自分だった。でも自分を曝け出すしか鎮められないのである。一度も経験したことのない自分に向き合わされる。シシイは自分を超えていた。越えていたことからは逃れられない。でもフランクは叫ぶ。叫び続けることしかできない。

早く来るがいい! どこかへ連れて行くがいい! とりわけ、さっさと連れて行って、静かにしてくれるといい! (第25


次のステップ~特別の紙幣~ フランクのなかにはもう死で清算して欲しい思いが湧き立っていた。シシイに対する決着にはそれしかなかった。そう思っていたにちがいない。でも静かにしてもらうまでにはまだいくつかの段階を踏まねばならなかった。

まず事件の真相(逮捕の理由)を知ることだった。最初考えていたようなこと(将校の殺人=第一の殺人)ではなかった。手に入れた紙幣のことだった。たんなる分け前のそれだったはずだ。それが特別な紙幣だった。盗み出された紙幣だったのである。占領軍のある部署から。フランクがそれを知ったのは、その部署に連行されて同部署の将校から尋問された時だった。

最初、フランクは尋問されている理由が分からなかった。なぜならこう切りだされたからである。「ところで、どういうことかね?」と。まるで立場が入れ替わったかのような問われ方だった。訊かれている意味がまるで分からない。ただ「わかりません」と繰り返すしかない。見計らったかのようにフランクから押収した札束を示し。これをいったいどこから手に入れたのかと問われたのである。自分で稼いだ金だった。だからそう言った。商売でいろいろなとこからもらった。だから誰からと言われても分からないと。

返ってきたのは、「違う!」という激しい否定の一言だった。そんな厳しい口調で言われなければならないのか、それでもまだ分からない。フランクは呆然としていたにちがいない。

これがどこにでもある普通の金ではなく特別な紙幣であることを分からせる必要があるようだった。将校はやおら示した。どうして特別な紙幣であるのかを。「これを見ろ、フリードマイヤー(フランクのこと、引用注)。これでも特別の金ではないというのか」と。片隅に小さな穴が穿けられていたのである。この部署で所有していることを示すための印だという。だからまちがいなく「この札は、ここで盗まれたのだ」ということになる。こういうことだった。もちろん、フランクたちが盗める場所ではない。関係者が盗み出したのである。将校はその関係者を追っていたのである。「こういうことだよ、フリードマイヤー! こういう事件なんだ!」。聞かされた事件の真相だった。

フランクは溜息をつく。事件に巻きこまれたからではない。とばっちりを受けたからでもない。「運命は一枚の札を選んだ」からだった。そんなふうに待ち伏せしていたからである。


4 運命への階梯

選んだ道~「窓の女」~ その時から採るべき道は変わった。運命がそうなら選ぶ道は決められていたようなものである。時間を稼ぐことだった。生き延びたいからではない。そういうもとなら意味としては逆だった。事実をありのままに打ち明ければ済むことだったからだ。クロマーの名を上げ、彼の先には将軍がいたことを。将軍の依頼ではじまったことを。そうすればまだたいした額は使っていない。返せば済む。釈放されるかもしれない。難しく考えなくてもそうなっただろう。フランクは小物なのだ。それに彼らの犠牲になる理由はどこにもなかった。でもそうしなかったのである。選んだ道だった。

何も知らないと答え続けた。頑張るために選択に合理的な理由もつけた。自分に言い聞かせた。「ふたたび自由になりたくなかったこと、ふつうの人たちの生活に戻されたくなかったこと」――この期に及んでまだ気取っているのか。自分を嗤いたくなったかもしれない。嘲笑ったにちがいない。でもそれも運命が求めているものだった。

もう一つ理由を見つけた。自分らしい理由だった。フランクは気に入った。独房(教室)の窓だった。窓の向こうに見える一人の女だった。〈窓の女〉とフランクは名付けた。小さな家庭持ちの女だった。彼女が洗濯ものを干す姿、窓を開けて部屋の掃除をする姿が窓の外に遠く見える。彼女を求めたのだった。そしてある朝、思いがけなく大掃除をするところを見かけることができたのである。それがあまりに思いがけない出来事だったので、こう感謝してしまうほどだった。「運命がまだ自分にそんな喜びを残しておいてくれたことを信じにくかったほどだった」と。第3部は「窓の女」と題されていた。

問題は明らかだった。いくら頑張っても勝てるわけがない。それに勝つ必要もなかった。そんなために頑張っているわけではない。一つの章(第31)はかくしてこう終っていく。

問題は、毎日、次の1日をかせぐことなのだ。
だからこそ、もはや意味のない線を壁の石灰に刻みつけるのは滑稽なのだ。
問題は屈服しないことだ。主義のためではない。誰にせよ助けるためではない。名誉のためでもない。それは、彼が、まだその理由を知らなかったある日、屈服しまいと決心したからなのだ。(同第3部1、傍線筆者)


〈主任〉との時間 もうすぐ終わる。あと時間はどのくらい残されているだろう。でもまだ終わるわけにはいかなかった。尋問ももとに戻った。知りませんと言い張るフランクの頬を、激昂のあまり鋼鉄の定規で激しく殴った将校のもとには連れて行かれなかった。手荒い真似は尋問を遅らせるだけだった。将校は尋問の素人だった。でも今度はそうはいかなかった。手荒い真似などはとらないが、その分計算されつくした尋問の日々だった。〈主任〉と呼ばれている男だった。風采のあがらない、黒づくめの服に眼鏡をかけた小男だったが、警部のハムリングを思い出させるような本物の取調官だった。

でも最後の時間を過ごすには最適な相手だった。へんな言い方だが、〈主任〉は「誠実でフェアプレーだった」のである。それに言葉がある。本物だったからだ。職務を遂行するために使われる言葉は、自分を偉く見せようともしなければ立場で脅そうともしない、自分を出さない――フランクは魚のような冷たさを感じていたのだが――、言葉のための言葉だった。フランクは拘束された当時、〈しゃば〉のことを考え、身勝手に言葉が使われていたことを自分のこととして呆れていた。きっと〈主任〉は、立場が違えば、フランクの考えた方に共感してくれたことだろう。

ロッテが再面会に訪れた。店の子のミンナを連れてだった。彼女はフランクを好いていた。すべて〈主任〉の計算のもとで行われていた。会話も指示された内容だったにちがいない。そんな奴は知らないと答えておいたはずのクロマーのことが口にされたからである。お前を悪巧みに誘っておいて自分だけはどこかに逃げ失せてしまったんだからと。〈主任〉が言わせていた。フランクには分かっていた。

でも知らないことも一杯あった。〈主任〉からの取り調べで知らないことをいくつも教えられた。そういうことだったのかと分かったこともあった。なにも札束だけのことではなかったのだ。スパイを探索していたのだった。クロマーが問題なのではなく、クロマーが紹介した男たちが問題だった。時計を盗む際のあの二人の男たちである。運転手役のアドラーと名前を知らない荷台のもう一人の男だった。二人はスパイだった。アドラーは口を割らないまま銃殺されたらしい。荷台の男をどうしても知る必要があると言った。でもフランクは知らなかった。そう〈主任〉に答えるしかなかった。

まだあった。新参のアニーだった。入ってきたときから自分は特別だと気取っていた。「まさかこのうえに、あたしに女中仕事までやらせるつもりじゃないでしょうね?」と公然と言った。フランクがベッドに入りこんできたときもこう言った。「それで気がすむんだったら、早くしてよ。おかみさんの息子だからいやともいえないだろうからね」と。

彼女もスパイだった。ロッテの店を隠れ蓑にしていたのである。それに店には高級将校たちもやってくる。ベッドでいろいろ聞き出すのである。でも追われていることが分かっているアニーは外に出ない。だれか連絡役がいたはずだ。なんとフランクには連絡役の嫌疑までかかっていたのである。

アニーはとびきりの美人だった。綺麗な体つきをしていた。素性を教えられた。お前は本当に知らなかったのかと。有名なビール会社の令嬢だった。父親は銃殺された。工場の地下室が秘密の武器工場だったからである。見つかってしまったのである。フランクの逮捕後、店を辞めたアニーは、どこかの大物に囲われたという。高級将校だったことも考えられる。アニーは父親の復讐を誓っていたのである。

フランクはなにも知らなかったのだ。もしかしたら世界が戦争状態にあることも、祖国が占領状態に置かれていることも知らないのだ。知っていても知らないのだ。だから自分が殺した相手が、占領軍の将校であったのも、普通の殺害以上の重みのあることだとは知らない。知らないというよりは感じていない。外にいても世間から切り離されていたのに、いまは現実的に外と遮断されているのである。不思議な時間だった。でも最後の時間をこのように過ごせることにフランクは感謝していた。〈主任〉のお陰だった。彼と出会えたからだった。だからフランクはこうも考えたのだ。「あの男が天の祝福であることを、どう説明すればよいのか?」と。もしかしたら形の違う「司祭」だったのではないか。思わずムルソーを思い出してしまう。


運命の合図 やはり「司祭」だったのである。思いがけないお告げがあったからである。あれほど計算づくの取り調べが、その瞬間だけ〈破綻〉したのである。計算違いがおきたのだった。それも〈主任〉がセットしたはずの母親と息子との面会(再面会)の場で、〈主任〉自らが口にしてしまったのである。ホルストからの面会願いだった。それが出されていると、独りごつように告げたのである。

母親ロッテとの面談が我慢ならなくなっていたときだった。もう限界だった。いつものような母親の哀願調の声が堪らなかった上にこう聞かされたからである。「また店をはじめたんだよ」と。その瞬間、すべてが呑み込めたのである。〈主任〉が始めさせたのだ。ベッドの話を盗み聞きさせるために。無罪放免の上でその役をフランクにやらせるつもりで。しかも店をはじめたことを、ロッテはロッテで、昔の悪事の償いのつもりでいるだった。

いまや店は落とし穴だった。フランクは、母親のロッテだけではなく自分も恥ずかしかった。もう黙っていて欲しかった。なにも言わないで早く帰って欲しかった。でも母親は言う。とても我慢ならないことを。「お前が知っていることを正直に話すんだよ。この方たちをうまくだまそうなんてするんじゃないよ。きっとここを出られるんだからね。お前のことはちゃんとめんどう見てあげるからね……」。

そしてロッテは立ち上がる。でも息子からの確約がまだない。「約束しておくれ、フランク」と哀願に涙ぐむ。無表情な息子が前にいる。せめてなにか一言が欲しい。代わりに言う、「お前は何を持ってきてほしいか、まだ言ってないわよ」と。その時だった。〈主任〉の計算違いのきっかけとなる一言がフランクから発せられたのは。「ホルストに会えないだろうか?」と。

自分で言っておいて一番驚いたのはフランク自身だった。でも誰もが驚いていた。ロッテは唖然としていた。意味が分からずにいた。自分がなにを訊いたのかも忘れてしまう。〈主任〉が思わず口を開いてしまう。「ゲルハルト・ホルストの話をしているのかね?」と。本物の運命の始まりの一瞬だった。合図だった。しかも予想もしない事態だった。〈主任〉が計算尽で発した質問ではなかったからだ。それは明らかだった。他の部署から回されてきた書類だったのである。〈主任〉はまるで自己弁護するかのようにまだ吟味してなかったのだと思わず口にしてしまう。それをその前にフランクから切り出されてしまったのである。

でもそんなことはフランクにはどうでもよかった。驚いたのはまさに運命が関与していなければこうはならなかったことだった。申請したのはホルストでも願書はなんとシシイからだった。シシイのために出されたものだった。ホルストは娘の連添い役だった。

考えたこともないことだった。でも聞かされた後では不思議とこうなることに決まっていたのだとしか思えなかったのである。きっと運命とは、そういう意味合いだったのだ。シシイのこともそうだった。「こういうふうになるべきだったのだ」とさえ思われてしまうのである。はっきりとした理由は分からない。詮索しようとも思わない。こうなってみてそう思われただけなのである。

あえて理由をあげるとすれば、ホルストだった。ホルストからはじまったことだったのだ。でもたんなる関心だった。その先になにを予想できるだろう。いまホルストが娘のために願書を出したということを知ってようやく分かったのである。自分のことが。ホルストへの関心がなんだったかを。別々だったものがいま一つの形になろうとしていたのである。

母親ロッテが示した警部への親密さだった。このことだった。売春宿の女将と警部。この取り合わせ。普通なら敵対者同士である。それが若い時からの知り合いだと言ってもそれ以上に見せる親密さ加減だったのである。「あの人は古いお友だち、たぶんあたしの一人きりの友だちよ。あたしが若い娘のころに知合いになったんだけど、もしあたしがばかでなかったら……」とロッテは言う。ハムリングの顔を思い浮かべる。自分に対してなにか権利があるかのような表情を、面持ちを。「ちゃんとそれだけの理由があったからではないか?」と。そうなのだ。「父親」だったからではないかと。許し難いことだ。意味のないことだった。それに事実だとしても知りたくなかった。どんなことがあっても。これは名誉にかかわることだった。フランクが哲学を知っていれば、自己存在に関わることだと言わなければならないことだった。

それが引き金だったのだろうか。そうかもしれない。ホルストの願書が、運命から考える思考を強いたのである。でもそのためには願書が許可されなければならない。絶対の条件だった。おそらく運命は、〈主任〉をも導いていたに違いない。弄ぶような、はしたないことはしなかった。入れられたのである。

予告なく結果が示される。ある日、二人がフランクを待っていたのである。運命は、個別の個人ではなく。確実に人間を相手にしていた。導こうとしていた。でもその日は、おもしろいことにフランクは運命を考えなくなっていたのだ。偶然だったのだろうか。そうかもしれない。なぜならそんなときに急に「運命が彼に贈り物をしてくれたのである」。運命というものはそういうものだった。それまでもそうではなかったかを思い起こさせたのである。でも今回は違う。壮大かつ厳粛な儀式が用意されていたのである。



5 最後の晩餐

運命の儀式 立ち会人はいつものとおり〈主任〉だった。事務机のうしろにいつもの姿で控えていた。彼の見守る中で儀式は始まっていった。フランクは覚悟していた。ホルストから厳しく叱責されることを。でもホルストはフランクを見ても何も言わなかった。黙ったままだった。最初から予定外だった。シシイもだった。

フランクは予感していた。彼女がなんて言うのかを。言われるのかを。恨んでいない、許して上げると言われるのを。今の自分に対する同情である。じっとフランクを見つめる目の前のシシイは、まさにそういう顔をしていた。そして口を開く。「フランク……」。いよいよだ。「あたしはあなたに言いに来たのよ……」。そうだろう、そうだろうと思う。それなのに言ってしまう、「わかっているよ」と。

どうにもしようがなかったからだ。彼女の口を閉じることはできなかったからだ。かわりに意味のないことを口にするしかなかった。違う、耐えがたかったのだ。言わないでくれとは言えないのだ。そんな権利はどこにもない。でも聞きたくなかったのである。たとえそれが運命でも聞きたくなかった。運命に逆らいたかった。救われたくなかった。

でも運命はやはり個人の裁量を超えていた。運命はシシイにそんなことは言わせなかったのである。「あたしは、あなたを愛しているって言いに来たのよ」。いやそうではなかったのかもしれない。シシイも実は運命に逆らっていたのかもしれない。許さない! 絶対に! 同情なんかしない! 当然の報いよ! そう咎め立てされなければならなかったのだ。実際寸前まではそう言わせようとしていたのかもしれないのだ。許されないなかに死んでいく。なんとも相応しい最期ではないか。安心できただろう。やっと自分を許すことができるからだ。


運命の贈物 どちらがよかったのだろう。運命は皮肉にも〈愛〉を選んだ。許しではなく救いを選択した。フランクが人に救われる。考えられないことだった。それが救われる自分を容れる。容れようとしている。運命の計らいだった。ホルストが立ち合っていたからである。そうでなければ、やめてくれ! と叫ぶことだって可能だった。実際叫んでいたかもしれない。その方が楽だった。

でもホルストがいた。そうならなかった。なぜなら予感していたようにすべてはホルストに始まっていたからだ。その予感たるべきホルストがここにいる。しかも二人の「結婚式」を見まもる本物の「司祭」として。違う、本物の「父親」として。

そうなのである。ホルストは、呆然としてシシイを見つめるフランクに近寄り片手を肩にかけたのである。でもそれもまだシシイの父親だったからである。娘の保証人役だった訳である。そういうことだよと分からせるための。

でもホルストは自分の役目をそれで終わらなかったのである。ある話を聞かせたのである。息子の話だった。それも自殺した息子の話しだった。医学生だった息子は、父親が一文無しになって学費の捻出が困難になった時も勉強を続ける決意を崩さなかった。研究室で小さな盗難事件が続いた。疑われていたのか、息子は現場を押さえられてしまう。学長室に連行される途中だった。三階から飛び降りしてしまったのである。まだ21歳だった。
話し終えると肩を掴んでいたホルストの指に力が加わる。そして、しばらくそうしたままこう言葉をかけてくれる。「というわけだ」と、そして「人間という商売はむずかしいものだよ」と。肩をつかむ指の力は、「父親」の力だった

これこそ正真正銘の儀式だった。実際フランクはそう感じていた。その声がどこか「聖週間のある種の儀式」を思わせたことを含めて。だから選んで良かったのである。〈愛〉とそれによって救われる立場とを。その立場を容れることを。儀式の最後を飾るようにホルストは二人だけの時間をつくろうと、二人に背を向けて窓を向く。クライマックスを小説は次のように綴る。

指輪もなかった。鍵もなかった。お祈りもなかった。しかしホルストの言葉がその代わりになった。
シシイがここにいる。ホルストがここにいる。
彼らにはあまり長くいてほしくない。フランクはたぶんそれに耐えられないだろうからだ。彼にはそでだけしかない。それだけしかなかったのだ。それが彼の一生の分け前のすべてである。後にも先にもそれだけしかないのだ。
これは彼の結婚式なのだ! 彼の蜜月なのだ。紙片をいじくっている主任のそばで、圧縮して、一気に生きなければならない彼の一生である。(第34、傍線筆者)

そして、運命はおまけまで付けてくれたのだった。もう一つの「贈り物」だった。二人が帰った後、普段なら始まる尋問がなかったのである。〈主任〉は、フランクを部屋に戻したのである。こうして新婚の初夜をフランクは胸に抱きしめることができたのだった。


運命へのお礼 翌日の尋問でフランクは〈主任〉にお返しする。そのときから決めていたのである。後は態度を明らかにするだけだった。態度を決めて翌日の尋問に臨んだフランクは、あらかじめ言葉も決めていた。「まず最初に、大事な供述をすることをお許しください」と宣言した。そして、伏せていたことを洗いざらい喋った。最後の切札にしようとしていた第一の殺人にことも喋った。将校を殺害したからといえ、扇動家でも愛国主義者でもないと言った。ただのならず者にすぎないと言った。そして時間をかせぐ必要があり、そのために工夫をして尋問を長引かせたと言った。でもそれも終わったとも。

ほかにも喋った。ともかく自分はなにも知らないのだと。拷問されても喋れない。喋ることがないからだと。それに拷問も怖くないと。たとえ生命を保証してもらってもそれだけはご免だとも。ともかくできるだけ早くきめてもたった方法で死にたいのだと。

礼儀を示すことも忘れなかった。こんな話し方をしたことを許してもらいたいと。〈主任〉にたいして個人的にはなにも恨んでいないと。それは〈主任〉の職務なのだからと。もう言うことは残っていなかった。そこまで言って最後の一言を決然と言い放つ。「わたしは沈黙しようと決心しました。これがあなたに向かって言う最後の言葉です」と。


処刑の朝 それでもすぐには処刑されなかった。そのかわりに殴られた。裸にされて局部を蹴られた。逮捕される以前だれかに聞かされていたとおりだった。食事も粗末になった。差し入れも取り上がられた。もう長くないだろう、そう思いながらまだ窓の外を眺めた。例の〈窓の女〉だった。

でも今は違う思いで眺めていた。その女がシシイになっていたかもしれないし、窓も自分の窓になっていたかもしれないからだった。それもついに終わりの時が来た。以下が小説の最終場面である。そのまま引用する。

また雪が降りはじめたある朝、彼らはついに決心した。空は暗く低かったので、彼らは時刻を早めたのだろう。彼らはまず隣の教室へ入った。フランクはこんなふうになるとは思っていなかった。つづいて、選び出した三人の男をブリッジに待たせておいて、急にがたんとフランクの部屋のドアを開いた。
フランクはちゃんと用意ができていた。オーバーを引っかけたってむだだ。彼は事情に通じていた。彼は急いだ。寒がっている三人の男を待たせたかくなかった。薄暗がりのなかで、彼は三人の顔を見わけようとした。フランクがほかの教室の連中に対して好奇心を示したのは、これが初めてのことだった。
彼らは廊下を一列になって歩かされた。
おや! フランクもほかの連中と同じように、背広のえりを立てているではないか!
そして彼はあの窓をながめるのを忘れていた。考えることも忘れている。なるほどこれからはたっぷり暇があるのだ。
19483
(第34



Ⅲ シムノンに学ぶロマン

以下、シムノン論とはとてもいかないが、『雪は汚れていた』を通じて、「シムノンに学ぶロマン」という形でシムノンの文学についていささか記しておきたい。「インタビュー」といくつかの「解説」「訳者あとがき」を参照する。残念なことにシムノン論の所在をほとんど知らないからである。探しもしなかったというのが実情である。創作に還元する範囲内でシムノン体験に浸かってそれで済ませていたからである。

 * 手にしたのは次の1冊のみ。ジャツク・ヂュボア/鈴木智之訳『現実を語る小説家たち バルザックからシムノンまで』法政大学出版局、2005年(原書2000年)。


詩的な何か まずは「インタビュー」の一くだりから。次のような遣り取りがある。記者が、直前のシムノンの言をもとに〈純粋〉小説について尋ねる。直前の言とは、シムノンが小説に求めるものについてのことである。小説でしかできないこと、言い換えれば散文でしかできないこと、それを詩が行なおうとしていることを行なうと。読んでいても突然に「詩がやること」が出てくるので正直戸惑った。続きの説明でこう解説する。

(前略)私のいう意味(小説で詩のやることをやるという意味、引用注)は、現実や解説的観念をこえ、人間の探求に努めているということです。今世紀のはじめの詩的小説がやろうとしたような言葉のひびきによってやるのではなく――。技術的には説明できません。しかし――私は自分の作品のなかに説明のできない何かをつくりだそうと努めます。実際には存在していないある表現内容をあたえようと努めるのです。(略)でも、おそらく私の本のなかにこの種の詩的な何かがあると思っているのは、私だけかもしれませんね。(同83頁、傍線筆者)

この説明だけ読んでもまだ釈然としない。ディテールに関する話ではないことは分かっても、「詩」という言葉が、言葉自体でどこか〈文学過剰〉を彷彿させるからである。でも「インタビュー」を忘れて、作品だけを通じてなら分かる。それでも分かるのは感覚的な範囲である。ただしシムノンのいう「詩がやること」とは、この感覚的に浮かび上がるもの、すなわち「実際には存在していないある表現内容」にほかならない。

ともかく「詩」は説明しない。説明しないことでメッセージを発する。またはそうすることで発することが可能となる。それを散文(小説)で行なう。一次的には形式的矛盾の壁に立たされるはずである。壁の向こうに出ることは容易ではない。「インタビュー」でも忸怩たるところを語る。


作者の「小説論」 代表作の一つ『雪は汚れていた』は、途中から壁の向こうに出る。ジッドを驚愕させたとおりである。「技術的には説明できません」と語っているように、特定箇所を示せば済む話ではない。漠然と逮捕拘束後の展開としか言えない。それでもそこにあった「表現内容」にたしかに「詩がやること」と同じような精神性を感じ取れるのはなぜなのか。すべてはシムノンの「小説論」がなさしめるところというしかない。続きの「インタビュー」で自分の小説についてこう語る。

(前略)現在の私の小説のイメージは、ほとんど悲劇の原理の、小説への翻訳といったものです。小説は、私たちの時代の悲劇だと私は思っています。(同834頁、傍線筆者)
  
残念ながら記者の関心は別のところにあったようである。別な話題に切りかえられてしまう。シムノンと悲劇の関係はそれ以上分からない。諸作品のうち、一つの作品の「解説」では次のようなくだりがある。

そして、それらの作品(〈純粋〉小説のこと、引用注)を通じで主調をなしているのは、作中人物をがんじがらめにしてゆく外的内的な運命と、作中人物の焦燥、諦観、良心との葛藤であり、それがシムノンの類まれな手腕にかかると、ときに、現代におけるギリシア悲劇とも言うべき、一種の古典悲劇を形成するまでにいたるのである。(山崎庸一郎「解説」『リコ兄弟』集英社文庫、1980年、傍線筆者)

作品は別でも『雪は汚れている』の解説でも構わない。それは多作であってもすべてが「悲劇の原理」に発しているからである。シムノンの根幹である。もう一つの「解説」を掲げておく。

1930年代、第二次世界大戦の予兆がヨーロッパに暗い影をひろげはじめたとき、シムノンは成熟期に入る。そして、「ロンドンの男」(1934年)を皮切りに、彼は〈犯罪小説〉から、〈犯罪〉と〈小説〉を分離して、まるで錬金術師のように、犯罪そのものが小説に血肉化される方法、つまりフランス近代小説の富を縦横に駆使しながら、運命によって破滅する人間の心理から、運命という悲劇的構造を、人間存在そのものに変質させるエロチックな方法を発見するのである。(田村隆一「解説」大久保和郎訳『ストリップ・ティーズ』集英社文庫、1978年、傍線筆者)

補足しておけば、ここで「エロチックな方法」と言っているのは、作品の主人公が題名から知られるようにストリッパーだからで、個別事象にとどまることを前提にした上での解説である。なお田村隆一はそのなかで『ストリップ・ティーズ』(1958年)は、シムノンの〈ロマン〉の頂点を示す作品と言っても過言でないと語っている。しかし、シムノンの最高作を掲げるのは実は難しい。それほど多くが高い作品に仕上がっているからである。これもシムノンの特徴である。単なる才能とは別次元のことに思える。小説論の本質部分に根ざすからである。ちなみに当の本人は、最高作を尋ねられて「次の作品」と呼んでいる。


作品の哲学 運命という言葉が『雪は汚れていた』では頻出する。本稿でも小見出しに多用した。フランクの人間像に似つかわしい言葉であるが、フランクを越えて作品そのものに冠すべき哲学的な次元に届く言葉である。といってもフランクは哲学などしない。拘束後の内的深まりは、自己深化とは別な次元である。それに個別の叙述箇所にも哲学はない。もしかりあったとすれば、推敲段階でまっさきに削られることになる。すなわち〈文学過剰〉として。

それでも哲学がある。運命を逆に文学過剰ではなくする力である。最終的には「悲劇の原理」と一体化する理念である。でも今回は深く言及できない。それにその前に質しておかなければならないことがあるからである。難しい話ではない。ごく一般的なことである。人の命を奪うことに対する理由付けである。殺さなければならない根拠の上で行なわれたのかということである。


殺人の哲学 それというのも、犯罪を構成する要件としても内的必然性としても殺人行為に乏しいからである。拳銃が欲しかったとか、素性を知られてしまったとかでは不十分なのである。フランクは、不良であっても殺人者になり得る要件には欠格的な人格の持ち主だからである。人間的だと言っていい。だから一般的動機では不足と言わなければならない。

実際、殺害した人物が、〈宦官〉と呼ばれるように無害で、ポケットには家族の写真を大事に入れていそうな相手である。フランク自身もそう想像していたのである。だからいくら占領軍の将校だからといって、政治性とは無縁のその殺害は、性格的には昔馴染みの老婦人を殺害する無慈悲に近い行為に近いことだった。

殺人というならムルソーの方が人格的な殺人を行なったと言える。いかにもニヒリスチックな理由だからである。その時の太陽が暑くて眩しい輝きを発していたからだ、つまり自分が殺人を犯した理由――「それは太陽のせいだ」と語ったからである。裁判のなかでである。詭弁に場内には笑い声が起こった。でもムルソーには精一杯の弁明だった。説明できなかっただけだ。でも読者である我々はたしかにそうだったことを知っている。遡って殺害現場に立ち会っているからである。第1部の最終場面である。

たしかにその時、ムルソーは、裁判所では説明が困難な渦中にあった。といっても抜き差しならない状態ではなく、自分が自分のなかに作りだした一種の幻覚状態である。なるほど太陽は眩しく輝いていた。しかも自身で言うとおりムルソーが自分から背を向けて立ちさえすれば事件は起きなかった。明瞭然とした状況であった。状況的にはその程度の対峙関係だった。

それになにも好き好んで相手を挑発する必要はなかったのである。でもそうならなかった。それも太陽の仕業だった。すくなくともムルソーはそう言う。だから形としては彼が囚われていたのは、理性とは異なるものだった。ただ正確にはそうなるはずだった以上ではなかった。

(前略)それはママンを埋葬した日と同じ太陽だった。そのときのように、特に額に痛みを感じ、ありとあらゆる血管が、皮膚のしたで、一どきに脈打っていた。焼けつくような光に堪えかねて、私は一歩前に踏み出した。私はそれがばかげたことだと知っていしたし、一歩体をうつしたところで、太陽からのがれられないことも、わかっていた。それでも、一歩、ただひと足、わたしは前に踏み出した。(中略(この間に殺害相手となるアラビア人が匕首を握って対峙し合い一色即発の状態となる))そのとき、すべてがゆらゆらした。海は重苦しく、激しい息吹きを運んで来た。空は端から端まで裂けて、火を降らすかと思われた。私の全体がこわばり、ピストルの上で手がひきつった。引き金はしなやかだった。私は銃尾のすべっこい腹にさわった。渇いた、それでいて、耳を聾する轟音とともに、すべてが始まったのは、このときだった。私は汗と太陽とをふり払った。昼間の均衡と、私がそこに幸福を感じていた、その浜辺の特殊な沈黙とを、うちこわしたことを悟った。(後略)(アルベール・カミュ/窪田啓作訳『異邦人』新潮文庫、1971年)

これでは裁判所で説明できるわけはない。でも説明しなければならなかった。裁判官や陪審員に対してではなく我々読者に対してである。でも説明しなかった。できなかったのである。理性と異なるものだったからではなく、実に理性そのものだったからである。理性のなかの幻覚だったのである。説明しようがないのである。説明すれば理性であったこと――理性的に引き金を引いたと自ら明かすようなものである。

その挙句の「憤努」である。しかも説明なき「憤努」である。「そのとき、なぜか知らないが、私の内部で何かが裂けた」でしかはじまらないのである。それにしてもなんと理路整然としていたことだろう。「わたしはかつて正しかったし、今なお正しい。いつも、私は正しいのだ。私はこのように生きたが、また別な風にも生きられるだろう」。ある一か所を我田引水として取り出すことは容易である。そうなっていないか問い質しながら引いている。そうではないようである。

やはり自己矛盾である。小説は好き勝手に書ける。でも矛盾があってはならない。それは論文と同じだし、ある意味論文以上である。論文なら訂正(部分訂正)で済まされるが、小説では済まされない。瓦解するのである。だから「私は正しい」までは構わないが、「私はこのように生きたが、また別な風にも生きられるだろう」ではなく、「別な風にも生きられただろうか」と逆説風でなくてはならない。

あくまでも「太陽のせいだ」を生き切らなければならないのである。その上で群衆に罵られながら断頭台に上がらなければならない。自然、「憤怒」も取り下げとなる。裁判所で笑われたままで最後までいなければならない。これはシムノンのいう「削除」とは異なるものである。むしろ加筆の範疇である。太陽のせいだというテーゼを、ディテールを含めていかに第2部のトータルとしてエクリチュールとするかの問題だからである。

でも困難である。事件を再編する方が早い。でもそれもできない。太陽のせいでなくなってしまったなら、なにも残らなくなってしまうからである。殺人は起きなくなってしまうのである。


リアリズム論 結局、リアリズムの問題である。小説は常にリアリズムを問題とする。そして試される。宿命である。童話や寓話が成立するのも現にリアリズムが存在しているからである。原理的には幻想小説も同じである。だから容易に人が死ぬこともできるのである。つまり現実の世界では、普通には殺人は起きないということである。リアリズムの外面でもあり内面でもある。ロマン(ここでは架空世界程度の意味)であっても同じである。殺人は簡単に起きないし起こせないのである。それを起こすのである。起こさせるのである。矛盾である。本質的にはロマンは矛盾なのである。畏まって唱える程のことでもないが、矛盾とリアリズムとを入れ替わらせ新たなリアリズムに生まれ変わらせるのである。それが小説である。

でもムルソーに見たように容易ではない。技術的なだけでなくそれ以上に小説論(リアリズム論)として困難なのである。シムノンが提示するのはただ一つである。フランクのリアリズムである。単なるロマンでなくシムノンが自分の「小説論」を〈ロマン・ロラン〉とする所以である。文学史的意義としては展開できないが、普遍化できなくても学ぶことの多い文学精神である。

提起されたムルソーとフランクによる二人の殺人。ムルソーの殺人は彼の人格が起こしたのではない点、小説(ロマン)が起こしたものであること。人格とはリアリズムであるからである。また小説論的にはそうあらねばならないからでる。この点ではフランクも同じ状況に立たされている。フランクの殺人も彼の人格内で惹起したのではないことは明らかであるからだ。でも違うのは小説が起こした殺人でもない点である。では誰が起こしたのか。人格の矛盾である。矛盾こそはリアリズムと互角に渉り合え、ときに越えられるからである。

このとき、フランクの殺人とは、「悲劇の原理」のほとんど解説書である。人格の矛盾は、本人の手を離れて矛盾であることの同意を得ないで一つの意志と化す。意志で殺害されたのではたまったものではないが、その分、被害者として生の不同意を彼に突き付ける。彼は受け止められない。彼が意志を構成していたわけではないからである。

しかし受け止めなければならない。同意しなければならない。被害者にとっては人格の矛盾も彼の範疇でしかない。彼は罪を生きるとともに罪を構成する人格を生きなければならない。しかも解説(文学的解説)でない形で。また内省の先としてでもなく。でも彼の力は高が知れている。そこで小説が彼に入れ替わるのである。入れ替われのは、言葉の累積と、累積が生成する時間性によって小説がリアリズムと化しているからである。彼は自分であり、同時に自分でない矛盾(人格の矛盾)を、そのときから一つの言葉の上に自己として自覚することになる。それが〈運命〉であった。「一つの言葉」であったのである。


「悲劇の原理」 『雪は汚れていた』は、運命の小説である。運命をリアリズム化した点に現代文学としての大きな意義を有する作品である。ギリシア悲劇は人間の高い文学である。高くしている理由は、運命とともにあり運命を生きるからである。神によってあらかじめ決められていた運命、それと知らずに冒す大罪、大罪がもたらす悲劇――その悲劇が観衆を感動に包む原理、それが「悲劇の原理」である。あらかじめ知っていてその上で感動を全体に容れる、それがギリシア悲劇の文学的構造である。神と神話とが生の決定権者であっただけでは感動の構造は伝わらない。決定権者であることを人格的関係として生き直さなければならない。古代ギリシアでは人間存在の規定項目として、生き直しの仕組みが確立していたことを教えられるのである。

しかし、近代には決定権者はいない。いないことを前提にしての文学である。リアリズムとは、言ってみれば、その不在に代わってわれわれをその都度現実に引き戻す認識である。故に認識は現代文学の前提条件である。「悲劇の原理」とは、この前提条件への挑戦でありその原理(挑戦の原理)でもあるのである。

フランクは「原理」を担わされたのである。担わせ方については、縷々綴ってきたところである。それを一言でまとめれば、ムルソーが語ったようには語らなかったことである。要するにフランクは、自分を語ったのではないことである。自分を語らないことを語ったのである。シムノンのロマンに学ぶのは、この自分のことである。「自分」とは〈文学過剰〉であったことである。



おわりに

質はともかくどうにか納得できる創作を発表(仲間内の同人雑誌)できたのは、1978年のことであった。『雪は汚れていた』の文庫化の翌年である。シムノン体験の実作化である。以後「自分」を語らないことを創作のテーゼとしている。でも理論は理論である。本稿を草してみて、自作が理論を裏切る例証になっていないかを自戒として、これからもほそぼそと例証を積み重ねていきたいと思うばかりである。なんとも創作的必然の感じられない所信であるが。

なお、本稿は、シムノンに学ぶを第一の目的とするものの、「精読」に名を借りた「自分史」でもある。


引用・参考文献(シムノンの作品に限って作者名は省く)

安東次男「解説」『片道切符』集英社文庫、1977
白井浩司「解説」『現代フランス文学13人集 1』新潮社、1965
白井浩司「解説」アルベール・カミュ/窪田啓作訳『異邦人』新潮文庫、1966
田村隆一「解説」大久保和郎訳『ストリップ・ティーズ』集英社文庫、1978
中井多津夫「訳者あとがき」『妻は二度死ぬ』晶文社、1985
 長島良三『世界のすべての女を愛している ジョルジュ・シムノンとパリの青春』白亜書房、2003
三島由紀夫「花ざかりの森」『三島由紀夫短編全集1』新潮社、1971年(初出1941年)
三輪秀彦・安引宏「ジョルジュ・シムノンについて」三輪秀彦訳『ビセ―トルの輪』シムノン選集12、集英社、1970
三輪秀彦「訳者あとがき」『雪は汚れていた』集英社文庫、1977
宮本陽吉・辻邦生・高松雄一訳『作家の秘密 14人の作家とのインタビュー』新潮社、1964
 年
山崎庸一郎「解説」『リコ兄弟』集英社文庫、1980
 ジャツク・ヂュボア/鈴木智之訳『現実を語る小説家たち バルザックからシムノンまで』法政大学出版局、2005年(原書2000年)
 ジャン=ポール・サルトル/窪田啓作訳「『異邦人』解説」(『シチュアシオンⅠ』サルトル全集第11巻、人文書院、1965
ジャン=ポール・サルトル/白井浩司訳『嘔吐』サルトル全集第6巻、人文書院、1965

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