2016年6月24日金曜日

[ろ]1 ロマン(連載1) 公園の男


男は悲観していた。傷ましさが全身に取り憑いていた。背中を丸めベンチに重く座っていた。へたり込んでいた。永遠にベンチから離れられない感じだった。
ベンチは、ベンチ一つ分を間にして三脚が横並んでいた。男は最初、一番端(公園の入口から見て一番奥側)の一脚の、さらにその端に腰掛けていた。空いた2人分のスペースを荷物が占めていた。数日が経つと真中のベンチに座を占めていた。
 緑の梢が涼しげに男の体の上に影を落としていた。奥まっているけれど、見方によっては公園の一等地だった。すこし気分が回復したようである。知り合いもできたのである。猫だった。でも最初から会話ができたわけではなかった。しばらくはお互いに牽制し合っていた。敵対関係だったかもしれない。原因は男の方にあった。
その間は蟻だった。男の足許に零れおちたパン屑がきっかけだった。
気がつくと蟻が群れていたのである。体の何倍もの餌を移動しようとしていた。男は蟻になる。蟻の一匹になって力を貸す。巣の近くにまで運ぶ。容易いことだった。巣はベンチの鉄脚の内側に造られていたからだった。
いたく感謝される。
――代リニ運ンデ上ゲラレレバ良ノデスガ……。
礼儀正しい蟻たちだった。
――気持ちだけで十分だよ。
今の男にはなによりの元気づけだった。
男は知り合いになれたことを喜んで見せる。座っていたベンチも真中のベンチに移す。男がそこにいたのでは蟻に危険が及ぶからである。
蟻が「代ワリニ」と言ったのは、男の荷物が嵩張っていたからである。男は行商人だった。
なによりも商売道具の荷物が蟻たちの関心を惹いたのだった。といっても中身のことではない。美味しい餌が詰まっているなどと勘繰ったわけではない。自分たちと同じように身体が隠れてしまいそうな大きさだったからである。親しみを覚えたのである。男が声をかける前から仲間のような親密感を抱いていたのである。
男は男で蟻の心がけの良さに心を打たれる。パン屑を用意しようとすると、労働意欲が削がれるので、お気遣いなしにお願しますと言われたからである。
それに対して猫たちにはこう言う。なにもしないでごろごろしている。男にはそう見えたからである。
――これは喰い物ではないからな。爪をたてたり噛みついたりするんじゃないぞ。
この悪態のつきようである。それでも猫たちが男を容れたのは、威張り散らしに子供染みたところがあったからである。ただそれももとを質せば、猫生来の戯れ心によるものだった。ともかくからかうとますます向きになるのである。
ある時、男がながいトイレから戻ると、小鳥が荷物に群がっている。男は目を吊り上げて鳥たちを睨みつける。
実はそれまでにはこういう経緯があったのである。
――ちゃんと番をしておけよ、いいな!
後でまとめて給金を払うから、と言ってしばしば荷物の番を言い付けられたのである。分かったと言って猫たちは荷物の上に座って男の帰りを大人しく待っていたのである。
しかし、どうもただ働きをさせられている感じなのである。それはそれでいい。別に給金が欲しいわけではなかった。でも感謝の言葉ぐらいかけてもらいたかった。それだけだった。
そこで一計を案じて鳥たちに集まってもらったのである。
小鳥たちは、男とは一線を画していた。憎たらし気に見つめてくるからである。でもこれも男の身勝手さである。鳥たちの自由そうな姿が気にくわない。面白く思わない。これも男の子供のような一面を表していたが、それはともかく、猫たちは男が鳥たちを敬遠しているのを知っていてそれを使ったのである。
男を見ても鳥たちは飛び立つ気配を見せない。楽しそうに囀っている。男が近づくにつれ、囀りは一段と高まる。まるで親しい隣人の帰りを待ち侘びていたかのようにである。
――なんだ、お前らは!
何をしているのだとこれ以上にない不機嫌顔で詰問する男に、呼ばれたんだよ、猫ちゃんたちに、と平然と答える。
――なにを頼まれたのだ!
――見テ分カラナイノ?
しかも小首を地面に向けて、下を見ればと誘導される。
促されるように地面に目を向ける。ほとんど足許だった。小さく丸を描いた円のなかに猫が二匹いる。絡み合っている。レスリングだった。
男が腰を屈める。気にする様子もなく取っ組み合いを止めない。
男が文句を言おうとすると、示し合せたように手足を離して二匹して寝ころび、大きく腹を見せて、覗きこんだ男の顔に向けて言う。
――ソンナコトダカラ下手ナ商売シカデキナインダ。
男が一番気にしていることだった。
分かっていて口にしたのである。強ばった顰め面がそこにある。苦々しい顔で睨みつけている。二匹は愉快でたまらない。
――そんなことよりなんだ、こいつらは!
分からないのか、と二匹は口を揃えて言う。鳥と同じことを言われる。
――「ショウーの際中」?
――ソウダヨ、鳥チャンタチハ観戦中ナノ。れすりんぐノ試合ノネ。特設観覧席デネ。
――特設観覧席? なんで俺の荷物がそうなるんだ?
――勘違イシナイデ欲シイナ。大事ナ預カリモノダロウ?
――そうだ。だから契約金(?)も弾んだんだ。なんだ、それが。番もしなければ、勝手に観覧席になんかして!
――観テイテモラッタ方ガヤル気ガデルジャナイ?
男は怒りで肩を震わせている。
――怒ラナイデヨ。違ウヨ。ソンナコトガアル訳ナイダロウ。ソウジャナインダヨ。イザトイウ時ノ予行演習ダヨ。
そう言って、身体を起こすと、ベンチに飛び乗り、男の目線と同じ高さで、
――イロイロ考エテイルンダヨ。
と言うと、両手を顔の間で合わせてみせる。
――モシ万ガ一ノコトガアッタラ、マァソウナラナイコトヲ願ウケド。
そう言ってこう続けたのである。以下は要約である。
お宅さん何をしでかすか分からないからね。鳥ちゃんたちも心配してるんだ。いつも木を見上げてるじゃないか。まるで手頃な枝ぶりを探しているかのように。そうやって虚勢を張っているのも実は危ない印なんだ。いつ切れるんではないかとね。嫌なんだよ。それに困るんだよ。ここでその縊死でもされちゃ。でも万が一のことがあったら、そのときは懇ろに弔ってあげよう、そうみんなで話し合ったんだ。
もう分かるだろう、鳥ちゃんたちがなにをしてるか。分からないのか? 魂を運ぶ演習なんだよ。一番大切なものなんだろう。お宅のこの荷物。魂みたいなものじゃないのかい。もちろん、鳥ちゃんたちでは、その荷物を運ぶのは体力的にムリだ。
でも魂が運べるのは鳥ちゃんたちにしかできないことなんだ。そうだろう。だからいまから霊を身体に容れておこうということになったのさ。足の裏からね。なにが入っているのか知らないが、鳥ちゃんたちの本能なんだろうね、なにか感じるんだそうだ。いままで感じたことがないような。みんな感動してるんだ。だから違うだろう、いつもと。
荷物の上の鳥に顔を向けると、翼を前に合わせて拝んでいる。亡くなった者に対してするような仕草だった。

これにも経緯があったのである。いつだったか男が地面に仰向けになってなにか叫んでいたのである。どうも空に向かって叫んでいるふうなのである。
その時、猫たちはベンチの上から男を覗きこんでいたのだった。ただ寝ころんで叫んでいるだけではなかったからである。腹から胸にかけて大きな荷物を抱えていたのである。抱えているというよりはまるで押しつぶされそうになっている感じだった。それで助けてくれとでも叫んでいるように見えたのである。
助けてあげようか迷ったが、猫たちはお互いに顔を見合わせながら、ムリ・ムリと確かめあい――ともかく男が隠れてしまうほどの大きさだったので――では最期だけでも見取ってあげようということになったのである。
気の早い奴は、もう手を合わせだしたのである。それを見て男は口を極めて呪い事を発する。でもまともな日本語になっていなかった。断末魔のうめき声だった。猫たちの耳にはそうとしか聞こえなかった。
もっと頭数が揃っていれば、なんとかなるかもしれなかった。でも仲間を呼び集める考えにはだれもならなかった。ともかく男の日頃の態度のためだった。自業自得。猫たちの共通した意見だった。
しかし男は根に持ったのである。そして、レスリングの一件である。
堪忍袋の緒が切れたと言って、三台のベンチの回りに杭を打ち長くロープを張ってしまったのである。立ち入り禁止の紙を何枚も垂らして、俺さまの縄張りだと一方的に主著しだしたのである。
ロープを潜ろうとすると、「入るな!」と、汚らしいものを追い払うような手付きで怒鳴りちらすのである。
一日目が経ち、二日目が立ち、ついに一週間が過ぎる。
――なんだその格好は!
男は腹を抱えて笑いこける。猫たちの格好がいたく気に入ったようなのである。
団結。闘争。勝利貫徹。無謀ヲ許サナイゾ! 徹底抗戦。
ねじり鉢巻き上の標語だった。
――だからどうした?
団体交渉に応じようとしない。それどころかさらに横柄なのである。そんなに退いて欲しいなら、分かった、適当に空けてやるから、毎日肩を揉め。肩叩きもだ。それだけでは駄目だ。全身マッサージもだ。それにバック磨きだ。つるつるにな。荷物の番も言われないでもやるんだ。一人では駄目だ。何人もでだ。
――いいな、それが嫌だったら絶対退かない。決裂だ。
そして、馬鹿の一つ覚えのように、決裂、決裂、と繰り返す。そのたびに笑い声をおおきする。
猫たちも退くわけにはいかなかった。睨みあいとなる。闘志を鼓舞するかのように鉢巻きを締め直して見せるものもいる。肩を組み直すものもいる。
――なにか欲しいんだろう。分かった。タダだと言っているわけではない。
堪え切れなくなったのだった。信玄袋から菓子パンを取り出す。
――ひとまずこのパンをやる。特製品だぞ。その辺で売っている安物ではないぞ。お前たちがいままで食べたこともないような。
突き出されたパンは、もう日数も経っていて、味は落ちているはずである。それでも男の言うように見かけは高級そうだった。でも手を出すはずがない。たとえ焼き立てであってもだ。
そうか要らないのかと、舌打ちするように言い捨てると、パンを小さくちぎってまるで鯉に餌をやるかのように放り投げる。猫たちの足元にちぎられたパンが散らばっていく。
――もっと欲しいか! 遣るぞ! もっと遣るぞ!
続けて取り出そうとする。
そのときだった。猫たちはその一瞬を待っていたかのように、一斉に振り返ると、後ろ足で砂をかけてやったのである。パンくずはあっという間に砂に埋もれる。
――サァドウスル!
一匹が小首を巡らせて、同ジコトニナルゾ、サァヤルガイイ、ともう片足を上げている。臨戦態勢である。ほかの猫たちも前足に体を沈め待ち構えている。
それからだった。急転直下、事態は思わぬ方向に動いて、男との意志の疎通がはかれるようになったのである。
なぜなら、それまでの威勢のよさが嘘のように、突然、泣き出したからである。しかも泣きやまないのである。あまりの泣きわめきに、仕方がなく手を差し出すことになる。宥めるためである。泣き止むのを待つわけにはいかなかった。世間体もあった。
握手を求める。分かったからと。もういいからと、ここに居てもいいし、荷物の番も必ずするからと。なにも要らないからと。

それにしてもなんて情けない奴なんだ。公園でたくさんの人間を見できたからなおさらだった。
たいていの人間なら想像がつく。見当もつく。どんな生活を送ってきたのか。ときには過ごしてきた人生までも。家族のことも。家庭のなかの立場も。どのような扱いを受けているのかも。妻や子供たちから。立ち直れるか、このままなのか。それも大抵は、身なりが物語っている。
それが、見事な三つ揃えでなにかの間違いではないかと思わるような出で立ちで公園に何処からともなく現れたのである。狐に包まれた感じだった。猫の研ぎ澄まされた神経からして誰か気づきそうなものを、誰も気づかない。気づいた時にはベンチにいたのである。
それでも一時のことだろう、適当に休息を取ったら立ち去るだろう、まぁこういうこともあるのだろう、と猫たちは、場違いな三つ揃いの立ち寄り人にそれ以上関心を向けなかった。出現がそうなら退去もそうなる、気がついた時には姿が見えなくなっている、消えている、そんなことになるだろう、それに印象もとても薄かったのである。
それがくだんのごとしである。いつまでもその場所を離れないのである。相当の荷物である。重くて動けなくなってしまった感じである。辺りは暗くなっていた。このまま夜を明かすつもりか。仕方ない一晩貸してやるか。そして一夜が過ぎる。男は現れた時のように背中を丸めて座り続けている。陽はもう大分上がっている。立ち去る気配はない。
一体、何者なのか、一流企業のエリートにも見えるし、学校の先生にも見える。役人かもしれない。もしかしたら取締官かもしれない。演技かもしれない。あたらしい公園条例を作ろうとしてそのための下調べ? 実態調査? 一晩を過ごしたのもそのため? そうなのか、ならいずれ我々を一掃するつもりなのか。
しかし、どうもそうではなさそうである。2日目の夜だった。することやることが理解を超えていたからである。妙なのである。尋常でないのである。寝姿である。キャリー・バックの保管法と言い換えた方がいいかもしれない。自分の体との一体化を図っていたのである。滑稽極まりない。最初の夜も、気がつかなかっただけでそうしていたにちがいない。
首に首輪、足に足枷なのである。一個ずつ鎖で繋ぎ、鍵掛けも厳重でナンバー式を2個、計4個である。傍らには背負いのリックサックを密着させ、それはそれで、上下のキャリー・バックと鎖で何重にも繋ぎ、さらにその鎖をベンチに固定する。腰に幾重にも重ねたタオルを置き、頭と足許に置いたキャリー・バックを枕と足乗せにして少し沈み加減に仰向けになる。傍らのリックサックは、ベンチからの落下防止も兼ねる。
別のバスタオルを掛けた腹の下には手錠を嵌めた手がある。どうやら貴重品のようである。手錠で繋いでいるのである。用心深いのもここまでくると見上げたものである。
安心しきって眠りに就いている男の眠顔を拝んでやろうと猫たち近寄る。その時である。金属質な警報音が頭部と足許の二か所で突然鳴りだす。同時に青い光を放射する回転灯が勢いよく回り出す。
――来るだろうと思った。愚か者めが。
そう言って、どうだと言わんばかりに、満足げな笑い声を暗闇に上げたのである。
試運転に利用されたのである。猫たちは引っかきたくなったが、またぞろ鳴りだしてしまう。引き下がるしかなかった。
それがいまはこの泣き喚きである。たかが砂を掛けられたくらいで。まさに子供だった。子供が三つ揃いを極めていたのである。

しかし、男の意気消沈は一日ともたない。翌日のラジオ体操である。早朝から携帯ラジオのスイッチを入れて大音量でラジオ体操を鳴らし出したのである。
うるさいと言うと、好いじゃないか、友達同士じゃないか。いっしょにやろうよ、早く起きなよという。
見ていると、音楽に合わせて大きく体を揺り動かし、一気に屈みこみ、そうかと思うと一気に身体を解いて飛び上がる。体操競技の着地よろしく両脇をしめて手をまっすぐ伸ばし、「よし」と一声上げる。
でたらめである。バタバタ手を振ったり、ぴょんぴょん飛び跳ねたり、子供にも達していない幼児の遊戯だった。
握手なんかするんじゃなかった。悪かった。俺が軽率だった。最初に手を差し出した若猫は、皆と顔を合わせられないと、両耳を固く閉じる。
数日後の朝だった。今朝は特別ラジオ体操だ、皆起きるんだ、見逃してしまうぞ、後悔するぞ、さぁ起きた、起きた、とが鳴り声を立てて起こしまわる。
ラジオ体操第二が始まろうとしていた。バタフライだった。なんだ、それは! つまらなさに憤懣やるかたない。両手で空気を掻き分け、それに合わせて、一歩飛びさらに二歩飛ぶ。
水上バタフライと違うのは、前に飛んだ分を取り戻すかのように、後ろ向きに3回飛ぶ。逆飛である。でもそれだけである。もういい、勝手にやらせておこう、だれもがそう思う。
しかし逆飛び(後ろ飛び)では元の距離を挽回できない。大分足りない。それでも構わず同じ動作を繰り返す。当然ながらその距離はだんだん離れていく。みるみる内に元の位置から遠ざかってしまう。
これはいい。誰からとなく声が上がる。モット飛ベ! モット飛ベ! と。できればこのまま飛んで行って消えてくれと。
一つ飛ぶたびに歓声が上がる。頑張れ! と掛け声が上がる。
猫神さま、悔い改めます。どうか愚かな我等をお導きくださいますように。だれもが信心の篤い猫になっていた。
それが驚いたことに願いが適う。向こう側の木陰に姿を消した男が、そのまま姿を現さない。まさかと互いに顔を見合わせるが、いつまで経っても姿を現さない。本当に消えてしまったのである。まるで神隠しだった。
喜ぶべきことだった。祈りが通じたのである。でも不思議とだれも喜んでいない。それに猫神さまはそのようなことはなされない。人間との豊かな交際に心を砕かれても人の不幸を喜ぶような、ましてや招き寄せるような真似をなされるはずがない。
ともかく心配になっていたのである。知らない間に男に気持が移っていたのである。馬鹿げたことや滑稽なことをやってもどことなく可愛気がある。それに威張り散らしても悪意がない。
なにをやっても一緒のつもりでいる。区別がない。差別心など一欠けらもない。持ち合わせない。自分を猫の一員だとさえ思っている。一緒になって遊びたがっているのもそのためだった。そうだったに違いない。
だれか見行って様子を確かめてこいよ。誰からともなく声が上がる。でも誰も行かない。向こう岸は危険地帯だからである。仕方ないと一人の子猫が大人たちの後ろから前に出て、優柔不断や意気地のなさを詰るかのように一同を睥睨して自分が行こうと申し出る。でも知らない子猫だった。
隣同士で詮索が始まって、その場をまとめなければならない組長が問いかけようとした瞬間、子猫が大きく飛び跳ね宙を舞うようにして幹を一気に駆け上がり、そのまま木陰の中に姿を隠してしまう。一堂呆気にとられて木陰の中に目を凝らすが、一向に子猫の気配はない。小鳥たちが梢から梢へと飛び跳ねているだけである。
――それは「猫だまし」ならぬ、めくらましだな。
猫たちが振りかえるとそこにはスーツに着替えを済ませた男が立っている。なにか悦に入っている。スーツの襟を両指に挿んでこれ見よがしに引き絞めて見せる。いかにも余裕たっぷりといった感じで、振り返ったまま唖然としている猫たちに、「さあ元に戻って」とでも言いたげだった。
男はやはり男のままでしかなかった。してやったりといった感じだった。一時ではあれ心配したことがあほらしくなる。なにが親しみだ。そんなものがあったら、犬でもくれてやれ! ともかく憤懣やるかたない。
というのも次の朝もその次の朝も男は、これ見よがしに同じ真似をして有頂天になっているからである。今度は最初から子猫を登場させる。傍らに座らせている。猫を使って猫を騙す。信義に悖る行いである。
遠巻きに見つめる猫たちを他所に、いつものように消えては――と言ってもバタフライはそれ以来やらないが――思いがけないところから現れて見せる。やはり子猫が同じように幹を一気に駆け上がってそのまま梢のなかに姿をくらませてしまう、その隙を衝いて。分かっていてもつい見てしまう。子猫がトリックだとわかっていても。憎たらしいくらいに可愛い子猫だったからである。
――教えて欲しいのか? 仕掛けを。種明かしとは違うぞ。そんな低俗なもんではないからな。神聖なもんだ。どうだ、知りたいだろう。
踏ん反り返った身体は、支えでもないとそのまま後ろに倒れてしまいそうだった。それだってよかった。倒れても猫たちが支える筈だ。確信に満ちた、そんな顔だった。
でも思いあがりだった。猫たちを甘く見すぎていた。これも生来の浅はさかだった。
よしこの時だ。今だ。待ちに待っていたように猫たちは一斉に駆けだしたのである。男が消えた同じ向こう側の茂みに向かって。
危険は承知だった。領海侵犯だった。でも予め申し入れしてあった。相手方も事情を汲んで今回は黙認する手筈になっていた。安くない代償も払った。それでも男に一泡吹かせてやらなければならなかった。
――馬鹿なやつらが……。
男は笑っている。しかも早くも背後を指差していたのである。そして、こう言おうとしていたのである。同じように現れて見せるつもりかと。できるものならやって見せろと。可笑しくてならないといった感じだった。
猫たちは声を潜めて対岸の茂みから男を見守った。
物音ひとつ立たない向こう側の茂みに向かって、さもありなんと突き出すように胸を張った男は、確信に自信を深めて、今一度勝ち誇ったかのように睥睨してみせると、もうそろそろ現れていなければならない背後の猫たちに向かい、それが不在であることをあらためて確信したかのように、堪えていた笑いを抑えきれず吐き出してしまう。恥ずかしいような品のない大笑だった。
男は過ったのである。早合点が過ぎたのである。あと一、二秒の辛抱でよかった。待てない時間ではなかったはずである。振り向いてからでも良かった。是非そうすべきだった。彼等の不在を実際に自分の目で確かめてからでも遅くなかったのだ。
そうすれば中途半端に間抜けな形を晒さずに済んだ。それが哀れにも半開きの口は、唇を閉じるようには作動せず、痴呆状態を演じさせる方向に唇だけでなく口蓋全体を固定化してしまう。
それにもかかわらずなにかを呟こうとしていたのである。でも声にならない。ぼこぼこ口から泡を吹いている感じである。
――ソウダオ前ダ! オ前ダ! ソコニ居ルノハ!
代わりに言ってくれたのは猫たちだった。それもあの静まり返った対岸からだったのが、男のもとに伝わってくるまでに大きく波調を増幅して、塊のような響きになって襲いかかってくる。
振り向いた男を待っていたのは、たしかに自分だった。自分自身がいたのである。男は男を見たのである。確信していた猫たちの不在状態ではなかった。不在状態を自分が埋めていたのである。
まだ猫たちの勝ちを見せつけられる方がよかった。なかなかやるじゃないか、それで済んだからだ。それなら更に手の込んだ芸を見せてやればいい。競争心が掻き立てられる。望むところだ。
そこにあるのは自分であったとしても、一個の人工物だった。絶命してしまったように硬直した一体の屍だった。生きた屍の自分自身だった。

その時からだった。見るも哀れなほどに男が憔悴していったのは。ラジオ体操も取り止めになる。もはや動くこともままならず、肩を落としてベンチに座り込む。茫然としている。
それでも夜の自己警備だけはなんとか続けている。しかし朝になっても鎖を外すのも忘れている。ネクタイのように鎖が垂れ下がっている。その姿は、まるで鎖に繋がれた動物のようだった。
実際、飼うことになる。話し合ったのである。このままここで死なれたら困る、だからと組長は自分たちで飼うべきか皆に諮ったのだった。
放っておこうという意見も少なくなかったが――その場合は懇ろに弔ってやれば清められるだろう、それに魂は鳥たちが運んでくれるんだから、と。
それでも最終的には飼うことに意見が傾いた。やはり神聖なこの場所を人間の死で汚すのだけは避けなければならなかった。顧問も同意する。
その顧問も最初は思案していた。「見返り自身」の秘儀――化け猫の奥義の一つ――を若い猫たちに授けたのは自分だったからだ。予想外だったのである。男の憔悴振りが。鼻を圧し折ってやればそれで十分だった。それが生命的危機をもたらしかねないほどに男を追い詰めてしまう。自分には賛否を云々する資格はない、皆で決めて欲しいと。
それでも顧問の一言なしに物事は進まない。しかも重大事項となると。ぜひ顧問のご意見をお聞かせください。それならと顧問は言う。
――飼ッテ上ゲヨウ。
ただ「飼ウ」ではなく「保護」としてもらいたいと。さらに無理でなければ――プライドが許すならと言う。
――男ニハ自分タチガ飼ワレテイルヨウニ思ワセテオイテ上ゲタイ。ダメダロウカ? 
一匹が発言を求める。それではまた図に乗って横柄になるのではと。インテリの白黒の斑猫だった。
――心配ハ当然。デモソレハナイハズ。
顧問はきっぱりと言った。理由は述べなかった。白黒の斑も訊き返さなかった。だれもが顧問のことを信頼していたからである。そう言われるのならそうなのだろう。心配することはないと。
たしかに顧問の言うとおりだった。自分たちが飼われている振りをしても男はそんな素振りはまるで見せない。逆である。まるで飼って欲しいと言うかのようである。
呼びかけもいまや「さん」づけである。一方で自分のことは「君」でも「お前」でもいいと。飼われているのは自分だと決めつけている。そうして欲しいというふうなのであった。
                               (つづく)

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